「草太くん!お父さんの手伝いするから手伝って」

隣で無意味か争いが続く中、厨房から顔を出す向日葵が草太の名前を呼ぶ。
その声に草太は大きな声で返事をすると、目の前で喧嘩をする二人を心配そうに伺いながら厨房へ駆け足で向かった。

一方の私は向日葵と草太の姿を見た私は、『二人はどういう関係なのか』と思った。
でも隣で喧嘩している樹々と愛藍の声を聞いたら、何となく分かった気がする。

そんなことを考える私に、明るい声で話してくれる人がいる。
樹々にそっくりで可愛らしい女の人。

「茜ちゃんこんにちは。いつも樹々と仲良くしてくれてありがとうね」

樹々と違って黒いショートヘアが似合う女性は若槻桔梗(ワカツキ キキョウ)さん。
樹々の明るい性格とは少し違って、落ち着いて優しい雰囲気の人。

何だか東雲さんや瑞季に似ているかも。

「いえ、本当に私は何も・・・・」

私はそう答えたが桔梗さんにすぐに否定された。

「そんなことないよ。茜ちゃんがいなかったら、樹々は自分の殻を破れなかったって思うし。それにあたしも茜ちゃんのお陰で殻を破れることが出来たし」

「私・・・・てすか?」

なんでそこで私の名前が出てくるんだと疑問が浮かんだ。
と言うか桔梗さんと出会ったのは、二日前の赤崎祭初日の日だし。

私は何もしていないって言うか・・・・。

だけど桔梗さんは私の唯一の『長所』を言葉にしてくれる。

「ピアノ上手なんでしょ?実はあたし、茜ちゃんのファンなんだ。この前の音楽祭も実はあたし居たし」

「えっ?えっと」

私は言葉が出てこなかった。

だって『ファン』なんて言われたことなんてないし。
自分のためにしかピアノを弾いてこなかったし。

いきなりそんなことを言われたら、なんて言葉を返したら良いのか分からないし・・・・。

曖昧な反応を見せる私を見て、桔梗さんは続ける。

「茜ちゃんの演奏のお陰で『毎日頑張ろう』って思えるようになったんだ。『樹々の為にも頑張ろう』って思えるようになったし。それに茜ちゃんに凄い人を紹介てもらったんだから」

「凄い人・・・・ですか?」

『凄い人なんて紹介したっけ?』と、私はまた記憶を掘り返す。
でも全然覚えがないのが私の答え。

そうやって一人混乱する私に桔梗さんは笑顔を見せてくれる。
樹々とよく似た可愛らしい笑顔。

そして紗季と同じような優しいお姉ちゃんのような笑顔だ。
「謎のピアノ作家『K・K』のこと。茜ちゃんが音楽祭でその人の曲を弾いてくれたから、凄くハマっちゃったし」

桔梗さんの言葉を聞いて、私は唖然と口を開いたままだった。
何とか言葉を返そうと考えるも、『違う』と感じた私は思った言葉を口にしてみた。

「セカンドアルバムの『蝶の舞』って聞いたことありますか?」

間を置くことなく桔梗さんはすぐに笑顔で答える。

「もちろん!あの躍動感あるテンポは聞いてて癖になるわよね」

何て言うか、その言葉を聞いて私の胸が踊った。
急に楽しいと思った。

知らない自分が現れる。