「こら暗いぞ茜。せっかく俺の奢りで居酒屋に来たって言うのに。よし、今から十秒間黙った人はビンタな」

私を元気付けようと兄は言ったつもりなんだけど、樹々が驚いていた。

「えっ、マジですか?」

「俺の友達と飲む時のルール。一番盛り上げなかった人が飲み代奢り。そのためにみんな必死に酒を入れているんだ。酒で潰れても俺らは飲むぜ。まあ流石に会社や部下にはそんな事は出来ないけど。今の時代じゃ『パワハラだ』って言われるし」

「・・・・大人って怖いですね」

大人。
その樹々の言葉に反応した兄はドリンクを飲み干した・・。

「そうだ。みんな生きていく為に必死なのさ。労働時間も収入も見合わないのに愚痴だけ言ってさ。でもみんな辞めないからな。だって辞めたら、生きていけなくちゃなるし。俺も何度も辞めようと思ったけど、俺が挫けたら茜が生きていけねぇーし」

兄は隣に座る私を横目で見てくる。
視線を感じた私は何か答えると説教に繋がると思ったから、無視をした。

でも兄は私を見たまま言葉を続ける・・・・。

「その茜ちゃんが自殺するなんて、お兄ちゃん本当に悲しいよ。愛が足らなかったのか?樹々、どうしたらよかったかな?」

その時、注文した料理が出来たみたいだ。
たこわさと刺身の盛り合わせを、先程の店員が私達の席に運んでくれた。

同時に兄は二杯目のジンジャーエールを注文する。

樹々は答える。

「うーん・・・・でもやっぱり本人に聞いてみないと分からないって言うか」

「聞いても地蔵みたいな子だしな。昔から何一つ答えくれない寂しい子だし」

真剣な表情を見せていた樹々だったけど、兄が言った『地蔵』という言葉に樹々の表情が緩んだ。

「あはは、確かに。でも入学してすぐの茜には苦労しました。本当に『地蔵みたいな子』って言うか」

「だろ?そう考えたら凄いよな樹々は。茜をこんなに変えてくれたんだから」

樹々は納得していないのか、兄から目を逸らす。

「あたしだけじゃなくて、『みんなのおかげ』ですよ。紗季もずっと一緒に居てくれました。あたし一人じゃ、どうにもならなかったと思いますし」

自信のない樹々の言葉に、兄は励まそうと笑顔を見せた。

「謙虚だな」

「事実です。あたしは本当に何も。みんなが敷いてくれたレールを、茜と一緒に歩んできたって言うか・・・・」

「でも結果が出ている。これってかなり凄いことなんだぜ。特に社会は常に結果を求められる場所からな。どんなに人間性が良くても、仕事で結果でないと怒られるし。逆に最低な人間性のないクズ野郎でも、仕事で結果を出したら昇格出来るし」

二杯目のジンジャーエールを受け取った兄は、取り皿と箸を私と樹々に配ってくれた。
こういう気遣いも仕事の一つなんだろうか?