「す、すいません」

慌てて私が謝ると、彼から舌打ちが聞こえた。

きっと怒っているんだろう。
周囲をよく見ていない私に対して、『この野郎』と思っているのだろう。

そんな彼に罪悪感を抱きながら、私は逃げるように席に戻ろうとする。

でも小学生の演奏に紛れて、こんな声が聞こえた。懐かしい『親友』の声。

「まさかな。いずれ再会するとは思っていたが、こんな所で再会するとは。頑張れよ、大トリさん。俺も今から頑張るからよ」

どこかで聞いたことのある声に、私は思わず振り返る。
しかし彼との距離は遠く、彼も後ろ姿。

結局誰だったのか分からなかった。
私が通ったコンサートホールの扉を開けて、彼は表へ出ていく。

その彼の後ろ姿を見届けた私は自分の指定席へ座る。
栗原先生が私にウザい視線を送ってくれたから、自分の席はすぐに見つけられた・・・・・。

そして『さっきの彼は一体誰だったのだろう』と振り返っていたら、早速私の隣に座る栗原先生に怒られた。

「茜ちゃんどこいってたのさ?心配したよ」

心配もなにも、栗原先生に言ったはずだ。
『自分の番まで戻らないかもしれない』って伝えたはずなのに。

だから挑発の意味を込めて私は言葉を返す。
いつも桑原茜の言葉を返す。

「うるさいです。他人の演奏なんて興味ないです」

私が本音を口にすると、栗原先生から大きなため息が聞こえた。

まるで出来の悪い教え子を持ったかのようなため息。
いや、実際そうなんだと思うけど。