「今日の所は見逃してやる。わかったら江島は早く帰れ。お前らも早く帰れよ」

黒沼は花菜の手を離した。
そしてまた大きな笑い声と共に、黒沼は図書室から消えていく。

廊下の窓が全て閉まっているからか、黒沼の笑い声は校内に響いた。

不気味な黒沼の影が消えても、まるでまだそこに黒沼がいるように思えて私達はしばらく声が出なかった。

畏縮して、しばらくその場から動けなかった。

そんな中、闇に押し潰されたような重たい空気を吹き飛ばすように樹々は心配してくれる。

「茜?大丈夫?」

「あ、うん。私は平気だと思う」

私は小さく頷くと同時に答えた。
一応樹々に笑顔を見せたけど、『この笑顔は嘘の笑顔だ』と樹々は気付いたのだろう。

樹々の表情が深刻になる。

正直言って、ダメージが大きすぎる。
気が緩んだ直後、私は腰が抜けてしまった。

あまりの恐怖に私は泣いてしまいそうだった。

でも不思議な気分だ。
気が重いのは事実なんだけど、何故だか清々しい自分もいる。

いつも怯えていた黒沼という存在に立ち向かったから、少しはスッキリしたのかな?

ってか、花菜がいない。

「あの子は?」

私は周囲を振り替えると、花菜の姿はなかった。
『どこに行ったのかな?』と図書室を見渡しても、彼女はどこにもいない。

隠れている訳でも無さそうだ。
『黒沼に連れていかれた』と一瞬だけ嫌な気もしたけど、黒沼は一人で消えていったし。
「あの子、リーダーの妹なんですか?」

「さあな。俺も葵とは長い付き合いだけど、妹がいるなんて一度も聞かされていない」

小緑と愛藍の会話を聞きながら、私は樹々の手を借りて再び立ち上がる。

それと同時に樹々の足元には小さな白い花が落ちていた。
白い花びらは綺麗で小さく、その小さな花は無数に咲いていた。

多分、花菜のカチューシャに付いていた花なんだろう。
樹々はそれを拾って首を傾げていた。

「何の花かな?」

「さあ。でも見たことあるかも。何て言うか、凄く懐かしい」

私は懐かしいと口にしたけど、イマイチよく覚えていない。
いつ見たのか思い出してみたけど、何故だか通学路の道端に映えている花が浮かんでくる。

それと何故だか幼い時の葵の表情が浮かんでくる・・・・。