ルビコン

城崎さんの背中を見届け、カウンターに取り残された私と愛藍。
少しの沈黙の後、話しかけてたのは愛藍の方だった。

「なあ茜。お前・・・・」

愛藍のその言葉に、私は振り返る。

「なに?」

愛藍の表情は晴れていた。

「俺からも葵と話をしてみる。実際今日も話をしてきたんだけど、もっと話してみる。もちろんお前のために」

その時私は『愛藍と葵はどんな話をしていたんだ』と疑問に思った。
小緑と葵のダンスを見届けた私はすぐに屋台に戻ったけど、愛藍は違う。

『葵と話してくる』と言い残して彼は姿を消した。

そして私の事を二人で話していたのだろうか?
だとしたらどんな話なんだろうか?

気になるけど、今は愛藍に任せてみたい。
私自身が葵と直接話せれば全てが解決するんだけど、まだ彼と話せる自信がない。

「うん。ありがと」

私は元気のない返事をしたら、いきなり愛藍に頭を叩かれた。

ってなんで?

「痛った!何するのさ!」

ビックリしたし、本当に痛かった。
一応これでも女の子なんだから手加減して。

「もっと元気出せよ。それに約束しただろ?」

「約束?」

直後、愛藍の表情が怖くなる。

これ・・・・、めんどくさいやつ?

「まさかテメー、『忘れた』とか言うんじゃねえだろうな?」

曖昧な私の声に、愛藍の表情が曇った。
そういえば愛藍『約束』という言葉には超敏感だっけ。

ちょっとめんどくさい・・・・・。

だから私は直ぐに言葉を返す。

「覚えているって!なんでそんな怖い顔するのさ!」

「嘘つけ。惚けた顔してたくせに」

「ちょ!なんで信じてくれないのさ!」

本当に忘れたわけじゃない。
もちろん覚えている。

『私と葵と愛藍の三人で、ずっと一緒にいる』という約束。

愛藍に思い出させてもらってから、私は一度も忘れたことがない。
ただビックリしただけ。

当然そんなことを言われたら、誰だって耳を疑うに決まっている。

なんで分からないかな?
この馬鹿愛藍め。

でも必死の私の言葉も、愛藍の耳には届かない。
まるで悪魔のような不気味な表情を浮かべる愛藍に、私は震えていた。

てか女の子をいじめるなんて男として最低だよ?

わかってるの?
この馬鹿は。

その心の声が愛藍に届いたらいいけど、愛藍の表情は変わらない。
人をバカにするような表情は変わらない。

「だってそういった方が、お前をからかえるじゃねぇか」

そして愛藍自身も、やっぱり何も変わっていない。
やんちゃで私と葵を困らせることばかり考える愛藍は変わらない。

「はぁ?」

私は呆れた表情で愛藍を睨み付ける。
そしたら愛藍は無邪気な子供のような笑顔を見せてくれた。