「だから、もう落ち込まないで。愛藍くんがした行為は確かに許される行為じゃないけど、相手が『もういい』って言ってくれたんだったら、気持ちを切り替えないと。昔のあなた達の関係って、そんなぎこちない関係だったの?」

「違います」

暗い表情を浮かべて元気がなかった愛藍だったけど、その言葉は即答だった。
それに声もさっきより大きかった。

「そうよね?だったら、辛いことより楽しいことを思い出さないと。辛いことに囚われる自分より、楽しいことに囚われなさい。まだ若いんだから、若者が絶望した顔をしていてどうする。そんなんじゃ、未来に希望は生まれないわよ。それに物事は何でもいい方向に考えないと、人生も楽しくないわよ。わかった?有名なピアニストさん」

元気の出る言葉を聞いた愛藍は、最後には晴れたような表情に変わっていた。
まるで『俺の人生はここからがスタートなんだ!』と言っているような、力強い表情。

「はい!ありがとうございます!」

力の出た愛藍は城崎さんに頭を下げる。

そういえば愛藍が人に頭を下げるところ、私は初めて見たかも。
いつも他人を見下していたのに。

本当に愛藍は変わった。
今の愛藍も好きだけど、昔みたいに無茶する愛藍の方が私は好きだ。

私の退屈をいつも吹き飛ばしてくれたし。

そんな愛藍も、私と同じことを考えているんだろうか。
今の私より、昔の私の方がいいと思うのだろうか。

それとも今の私が良いのだろうか?

ってか、昔の私ってどんな私だったっけ?
最近新しい自分がどんどん出てくるから、昔の私がもう分からない。

どんな顔して生きていたのか、もう覚えていない。
『昔の事を覚えていない』って愛藍に言ったら怒られるかな?

でも逆に言えば、今が凄く楽しい。
樹々に紗季、そして橙磨や小緑に囲まれて毎日が楽しい。

『ずっとこのメンバーで過ごしたい』と思う自分もいる。

昔の自分を上書きしてしまうほど、すっごく楽しい。
って、それも愛藍に言ったら怒られそうだ。

『三人はずっと一緒』って約束したのに。

約束にうるさい愛藍は、多分血相変えて怒ってくるだろう。

・・・・・・。

三人か。
そういえば葵は今何しているんだろうか?