「桑原茜。相変わらず問題児だな、お前は」

男の人は私の名前まで知っていた。
本当に誰だろう。

名前を聞いたら全てを思い出すけど、今は作成中のジグゾーパズルのように所々ピースが欠けて上手く記憶を引き出せない。

その直後、橙磨さんが帰ってきた。
ただのお使いだというのに、自転車の篭には大量の食材。

一体今から何が始まるんだろうか。

食材を急いで厨房に持っていくと、慌てて屋台の中に橙磨さんは帰ってくる。
あまり見せない不安げな表情を浮かべて戻ってきたと思ったら、真剣な表情で私に質問してきた。

「茜ちゃん大丈夫だった?さっき、あいつらが走ってきたから」

あいつら。
きっと灰根という男のことだろう。

「あー、うん。大丈夫です。多分・・・」

余計なことを言ってしまったみたいで、橙磨さんの表情が深刻になる。
一応髪を掴まれたけど、怪我はない。

でも心は少し傷ついていた。

『私はただ仕事をしていただけなのに、なんで酷いことを経験しなきゃダメなんだろう』って・・・・。

でも隣にいる城崎さんが私をフォローをしてくれた。

「大丈夫よ橙磨くん。知らない人が助けてくれたから、ね?茜ちゃん」

知らない人・・・・ではない。
私の名前を知っていたし、私も過去に会っているはすだ。

名前を教えてくれたら思い出すけど、何故か記憶にない。
それとも嫌いな人だから、記憶にないのだろうか。
思い出したくない記憶だから、知らないフリをしているのだろうか。

自分のことなのに、何を変なことを考えているんだろう・・・・。

でも何故かあの男の人を見たら、胸がざわついた。

まるで愛藍や葵と再会したときのように・・・・。

・・・・・・。

もう考えるのはやめよう。
何事も切り替えが大事だ。

じゃないと仕事なんて出来ないし。

切り替え、切り替え。
何度も自分に言い聞かせて、新規出来てくれたお客さんに笑顔を作る。

でもやっばり、さっきの男の人が気になるのが本音だ。
無意識に男の人の痩せた顔が脳裏が離れない。

本当に誰なんだろうか。
同時に何故だか嫌な記憶が蘇ってくる。

何故だかあの例の事件を思い出す。

ウサギが死んでいたあの事件を・・・・・。