「ちょっとアンタ達!人の店の前で暴れようとしてるの?その手を離しなさい」

店内から慌てて城崎さんが出てきた。
きっと店内の誰かがキッチンにいる城崎さんに言ってくれたんだろう。

当たり前だが、灰根は私の髪を掴む手を離さない。
城崎さんを威嚇するような、怖い表情を浮かべていた。

まるで『お前みたいな女に、何が出来るんだ』って言っているようなふざけた表情。

この周囲にいた人は、深刻な表情を浮かべている人ばかりだ。
私同様、怯えた表情でただ状況を見つめている。

でもその中で一人、携帯電話を耳に当てた中年の男が私達の駆け寄る。
無表情で黒いジャケットを着た、痩せた男の人だ。

って、この人もどこかで見たことがあるような・・・・。

でも、思い出せない・・・。
男の人は携帯電話を耳に当てたまま、不良の二人に問い掛ける。

「何をしているんだ、お前らは?いい年のくせにガキか?」

「なんだこのおっさん!」

その灰根の声にも男の人は表情を変えない。
まるで不良の扱いになれた、ベテランの刑事や学校の教員みたいだ。

そして男の人は独り言のように呟く。

「はい。不良が二人。はい、そうです。祭り会場で暴れています」

独り言のように思ったが、男の人は電話越しに誰かと話していた。
そして電話が終わると、携帯電話を黒いジャケットのポケットに入れて、無表情で彼に告げた。

「警察が来る。業務妨害と暴力行為で逮捕だな、こりゃ」

警察。
奴等はその言葉に恐れたのか、初めて奴等の表情が歪んだ。

「ちっ、行くぞ!」

そして灰根という男は私の髪を掴む手を離すと、投げ捨てるような言葉を呟いて走って逃げていった。

直後、城崎さんが私の元まで駆け寄ってくる。

「茜ちゃん大丈夫?怪我はない?」

城崎さんは血相を変えて私の両肩を掴んでいる。
私は髪を掴まれただから怪我はない。

「は、はい。でも恐かった・・・・」

私が心の声を口にしたら、城崎さんの表情は更に深刻になる。

でも私の『大丈夫』と言っているような笑顔を見た城崎さんは、最後には笑っていた。
ホッとしたかのように、笑顔を見せた。

そしてこの場を助けてくれた男の人に城崎さんは振り向いて、何度も頭を下げる。

「あの、すいません!ありがとうございます。助けてもらって」

「電話は嘘だ。警察は来ない」

城崎さんの言葉に男の人は小さくそう呟くと、この場を後にする。
暗い人で声も小さい。

落ち着いた雰囲気というか、不気味な雰囲気というか。

それとこの人の声、どこかで聞いたことのある声だ。

誰だったっけ?
上手く思い出せない。

嫌というほど聞いた声なんだけど、全く思い出せない。

何故だかウサギ事件の黒い霧が私を邪魔をする。

そして最後に男の人は、私を見て呟く・・・・・。