「おう大村。おはよう」
烏羽先生は何事もないように瑠璃に笑みを見せる。
『今日も一日頑張ろうな』と言っているような優しい烏羽先生の表情。

本当にこの人の思考は本当に理解できない。

「何よ、これ」

その瑠璃の怯えた言葉に烏羽先生は笑顔で答える。
何の躊躇いもなく、隠すつもりもなく即答で答える。

「悪い、俺が書いた」

「なんで、ですか?」

瑠璃の声は震えていた。

そしてそんなことしなくていいのに、瑠璃は一つ一つ黒板の文字を読み上げているようにも見えた。

それがまた僕の心を苦しめる。

「瑠璃、読まなくていいから!烏羽先生!早く消してください!」

僕は急いで瑠璃の元へ駆け寄って、無理矢理瑠璃の視線を反らそうそうと瑠璃を庇った。
同時に今では敵となった烏羽先生を睨みつける。

「って言ってもな。大村には何をやったのか理解してもらわないと」

「でもそんなことしたら先生が」

『怒られる』って僕は言おうとしたけど、烏羽先生に言葉を上書きされた。

「別にいいよ」

烏羽先生は冷静だった。
まるで『退職届ならもうすでに書いてある』と言っているような真面目な表情。

瞬き一つせず、僕と瑠璃を見ている。

「俺はただ大村が『何をやらかした』のか分かって欲しいだけだ。謝るのも大事だが、しっかり自分が犯したことを反省した上で謝らないと意味がない。だから俺はこうやって大村を攻撃している。山村や若槻に、自分が何をしたのか。そして大村自身が、本当に心の底から謝りたいと思って欲しいから」

淡々と話す烏羽先生は変わらない。
真剣な表情で瑠璃への説教を続けた。

「大村、今こうやって俺に嫌な思いをさせられて辛いだろ?でも山村と若槻はそれ以上の思いをしているんだ。家庭のこととか色々あるみたいだけど、そんな理由で他人を攻撃していい理由にはならない。全く関係ない。自分自身が辛いなら相談しないと。親友の山村や学校の先生にでも相談したら、どうにかなっただろ?」

冷静な烏羽先生の言葉に、瑠璃は納得していないのか噛みついた。

「先生なんて信用できるか!あたしの気持ちなんて分からないから、いつもテキトーな事を言えるんだ!それにお前らみたいな奴等に相談しても、まともな言葉は帰ってこない」

瑠璃は初めて心の声を話してくれた。
僕達しかいない教室の中で、精一杯の大声で・・・・。

一方の僕はその瑠璃の言葉を聞いて、『その通りだ』と思ってしまった。
だって学校の先生なんて信用できないし。

もっと早く手を打ってくれたら、麦も転校することも無かったかもしれないし。
僕ももっと早くマシな生活を送っていたかもしれない。