ルビコン

「春茶先生!危ない」

「えっ?」

何でもないスタジオ内の段差。
でも春茶先生は大きく踏み外した。

遅かった。
私が手を伸ばすも、春茶先生は既に体制を崩して倒れている。
大きな音がした為、スタジオにいる演奏者は皆、驚いた表情を浮かべていた。

「春茶先生!大丈夫ですか?」

起き上がろうとする春茶先生に私は再び手を差し出す。

一方の春茶先生は、目の前の私の右手を探している。

「あっ、えっと左です」

「あ!あった!ありがとう」

私の右手をしっかり掴んだ春茶先生は、なんとか立ち上がる。

そして再び私に笑みを見せる。

「ありがとう!助かったわ!」

「いえ、えっと・・・・大丈夫ですか?怪我とか」

「大丈夫。慣れてるから」

「慣れているって言っても・・・・・」

大石春茶。

どうして彼女がピアノ業界で有名なのか。

どうして彼女が大きく世間から取り上げられたのか。

なぜ彼女がピアノブームを巻き起こしたのか。

それは実績もあるが、彼女には他の人とは違うところがあるから。

見習うべきだと考えさせられそうな、誰にも明るく振る舞うその姿。

だがその実、両目は完全失明。
生まれ付き両目は見えておらず、手術しても戻ることはない。

『盲目の天才ピアニスト』

それが先生の現役時代の異名だった。
本当に天才的なモチベーションや、先生の音楽に対する姿勢は一緒にいて勉強になる。

ホント、スゴイ人・・・・。