ルビコン

「こっちゃんはどうしたい?」

そう言えば小緑の気持ちをあんまり聞いていなかった。 

「瑠璃とまた仲良くしたい」

「そう」

短く答えた私は笑顔を見せると小緑の頭を撫でた。
すると小緑は驚いたのか私に噛みついた。

「お姉ちゃんは優しすぎ。僕の誕生日のこともそうだし」

「うーん、そうかな?これが普通だと思うけどね。だって家族だし。こっちゃんは家族の愛を知らな過ぎる」

「だって家族なんて大嫌いだもん」

「じゃあお姉ちゃんのことも嫌い?」

「嫌い」

「どうして?」

「いつも優しいから調子狂う」

「そう。じゃあ紗季お姉ちゃんももっと頑張らないとね。早くこっちゃんの家族に認めてもらわないと」

最近よく樹々ちゃんがよく笑うようになった。
お母さんも目を覚まして、ようやく家族が揃って嬉しいのだろう。

その樹々ちゃんの様子を、いつも小緑は遠目に見ている。
優しいお父さんに可愛い弟と妹。

山村家とは間反対の暖かい家庭を見て、小緑は心を痛めているんだろう。

そんな小緑を見ていて、私も胸が締め付けられる。
それが本来の当たり前の家庭だと言うのに。

こっちゃんは何も悪くないのに・・・・・。

小緑が家族に何を求めているか、正直にわからない。
将来どんな大人になりたいとか、まだちゃんと話していない。

そして私自身も、『どんな家族がいい』とか正直によくわからない。
でも父と母がまともな人間になって、小緑としっかり向き合ってくれればそれでいい。

来年から小緑が不安だ。
私は高校を卒業したら、家を出る。

親の反対を押しきって、県外で一人暮らしを始める。
小緑とはもう殆ど会えない。

だからこそ何とかしないと。
私が居なくても、小緑が心地よいと思える場所を作ってあげないと。

もっと頑張らないと。
私、お姉ちゃんなんだから小緑を何としても守らないと・・・・・。

・・・・・・・。

「帰ろっか」

そう言って私と小緑は席を立つ。
私が適当に注文したアイスカフェオレは全く飲んでいなかった。

レジに向かうと、店員さんが笑顔でこう言っていた。

「もうお代は頂きました。先ほどの男性から」

私は開いた口が塞がらなかった。

烏羽先生は私達のドリンクも払ってくれていたみたいだ。
本当にお世話になってばっかりだ。

『ありがとうございます』と言う店員の声と共に、私は店を出る。

肌寒い気候の中、『日が落ちるのが早くなったね』と小緑に言ったけど、全く聞いていなかった。

まるで私の声は、『こっちゃんに届かないのか?』って思ったら、とてつもなく悔しさと寂しさにに押し潰された・・・・・・。