「桜、頑張って!」

叫ぶような美空の声に俺は違和感を感じる。
もう一度グラウンドに視線を移すと、そこには痛い足を引きずるように走る桜の姿があった。

桜はまだ一塁に到達しておらず、ホームと一塁の間の中間地点。
それが何を意味するか正直よくわからなかっけど、嫌な予感はした。

まるで試合が終わっていないような気がして。

ランナーのホームインがまだ認められていない気がして・・・・・。
「桜!走れ!」

俺の声に、桜は力強く頷いた。

でも走れば走るほど、桜の表情は辛くなっていく。

一方で相手チームのライトはボールを拾うと、中継に入ったセカンドにボールを送球。
その後、セカンドは一塁を踏むファーストにボールを渡した。

そして、何故か相手チームの選手が喜んでいて、サヨナラ勝ちの俺らがお通夜のような雰囲気に包まれて。

ようやく一塁に到達した桜は、その場で泣き崩れて・・・・・・。

「アウト!スリーアウトで試合終了!」

一塁審判の試合終了の声を聞いて、俺はようやく野球のルールを思い出した。

三つ目のアウトの時、ランナーがホームに帰ってきても打者ランナーが一塁送球アウトになれば、その得点は認められない。

例えライト後方の長打コースのような打球でも、桜が一塁に辿り着けずにボールが一塁に渡った時点でアウト。

つまり記録はライト後方への『サヨナラタイムリーヒット』ではなく、ただの『ライトゴロ』。
この時点でスリーアウトになったため、二人のランナーの得点は認められない。

だから、無得点で負けだと理解した俺達は、泣き叫ぶ桜を慰めることすら忘れてただ呆然としていた。
突然降った雹のように、目の前の敗北と言う文字を理解できなくて・・・・。

試合が終わったのに、誰一人グランドに整列しようとはしなかった。