もう桜が『フォアボール狙いなんて辞めている』ということは分かった。
桜が打ちたいと言うことは、痛いほど分かった。

だったら、俺達で支えないと。
それが野球だし。

みんなで桜を支えないと。

今日の俺を支えてくれたチームメイトのように。
ダイビングキャッチで俺を救ってくれた美空のように。

俺も負けるの死ぬほど嫌いだし。
チームの負けなら、それ以上に嫌いだ。

みんなが暗い顔をするのは見たくない。

「そうね、確か」

その美空の言葉の直後、美空の視線は三塁ベースにいる橙磨さんに移る。
そしてまるで俺達の会話を聞いていたかのように、橙磨さんが美空の代わりに答える。

「桜ちゃん。打たないと晩飯は君の奢りだからねー」

橙磨さんはそう呟くと、俺らのいるベンチを見てピースを見せた。
『後は任せたよ』と言っているような、無邪気な笑顔を見せて・・。

「あんな感じかな。双子だから、言葉もよく似ているって言うか」

そして美空もまた笑った。
橙磨さん同様『あとは頼んだよ』って言われている気がして・・・・・。

無意識に、俺は今日一番の声で叫んだ。
とっさに思い付いた、意味のわからない言葉をグランドに向かって吠える。

「桜!打たなかったら、お前んちに幽霊が出るぞ!」

「ちょ、愛藍くん?なに言って」

その時、球場に大きな打撃音が響いた。
俺の今日一番の声や美空の声を書き消すような金属音。

まるで高校野球を見ているような気持ちいい音が俺の耳まで届いた。

そして誰もが空にアーチを描くような打球を目で追った。

桜への三球目はど真中への失投。
足の痛みを堪えながら、桜はバットを振り抜いていた。

そして引っ張った打球はライト後方。
前進守備のライトの頭を越えて、フェンスに直撃した。

その桜の打球を見届けた三塁ランナーの橙磨さんはホームイン。
そして二塁ランナーも帰ってきた。

初回の俺のホームラン以来の得点が嬉しかったのか、 二人は抱き合っていた。
そのあまりにも唐突な結果に、俺は目の前の出来事が理解出来ないでいた。
そしたら隣で喜びを口にする美空が俺の背中を叩いてくれて、ようやく理解した。

三対ニのサヨナラ勝ち。桜の一打で川島ダーウィンズは最終回に劇的な逆転勝ち。

フォアボール狙いで打席に入った桜だったが、そのボールを打ち返しライト後方のサヨナラヒット。
お祭り騒ぎのような川島ダーウィンズのベンチの姿に試合は幕を閉じたように見えた。

・・・・・・・・。

・・・・いや、違う。