ルビコン

人形のような俺でも、『負け』という言葉は死ぬほど嫌いだった。

元々負けず嫌いと言うのもあるけど、嫌いなピアノでも負けるのは嫌だった。
自分より上手な演奏するやつは死ぬほど嫌いだった。

『絶対に俺が上に立つんだ』と思った。

・・・・・・・。

あぁ、だからなのかな?
母さんが嫌でも俺にピアノを弾かせた理由。

自分の指導力に自信があったのだと思うけど、俺が負けず嫌いだったから。
『コイツなら地獄を味わっても、いずれ這い上がってくる』って。

どれだけ下手くそでも、人形のような感情がない俺でも、『悔しい』と思う気持ちは人一倍強かったから。

お互い茜の事が好きだった葵に『恋のライバルとして葵に茜を渡すか』って。
『葵には絶対に負けるか』と思ったあの幼き日々のように。

『誰にも負けない』って言葉が俺の生きる唯一の希望だったから。

だから、『絶対に負けるもんか』とバットを振り抜く。
『その失投見逃すか』って心の中で叫びながら俺はバットを振り抜いた。

だが感覚はない。
ホームランを打ったような感覚はない。

「ストライク。バッターアウト!」

そしてその球審の言葉を聞いた俺は、『今のボールは失投ではない』と言うことを知った。

ボールはキャッチャーのミッドの中。
俺が振り抜いたバットは空を切って、俺は空振りの三振を食らった。

フォークボール。
それは縦に落ちる魔球のようなボール。

速度は無いけど、バッターの手元で鋭く落ちるボール。
さっき見せられた球だというに、俺は情けなくバットに当てることすら出来なかった。

バットも短く持ったのに。

・・・・・・。

俺は一つ大きなため息を吐く。
完敗だ。

知らないおっちゃん相手にコテンパンにされて、怒りすら忘れていた。
冷静に何事もなかったかのように俺はベンチに帰った。

何て言うか、ここまで実力の差を見せられたら悔しくもなかった。
『仕方ない』と思った。

だって、マジでスゲェピッチャーだし。

負けず嫌いの俺でも、あまりの実力の差にどうすることも出来なくて、まるで『俺には敵わない』とピッチャーに言われているような気がした。