全く手が出なかったと言うのが本音だ。
判定もツーストライクと後がない。

こうなったら意地でも当ててやると思い、バットを短く握った。

美空から聞いたことがある。
『バットを短く持ったら長打は出づらいが、ボールを捉えやすい』って。

そういえば橙磨さんがファールで粘っていた時も、彼はバットを短く握っていた。

ワンナウト一塁二塁。
カウントはツーストライク。

後がない俺への三球目はフォークボール。
今日初めて投げた球で、俺の視界から消えた。

まるで消える魔球のように鋭く落ちた。

そんな魔球を初めて見た俺は、素直に凄いと思った。
『マジで消える魔球だ』って感心していたら、バットを振ることを忘れていた。

相手バッテリーからしたら、ストレートよりも速度が遅いから振ってくれると思ったのだろう。

でもそれが裏目に出てしまった。

判定はボール。
しかもキャッチャーはボールを捕れずに後逸。

その隙にランナーは次の塁に進んだ。
場面は変わってチャンスは広がった。
ワンアウト二塁三塁。

ホームランを打たなくても、ヒットでもサヨナラの場面。
味方の声援が更に大きく聞こえる。

打ったら勝ち。
打たなかった負け。

何度も自分に言い聞かせて俺はバットを振る。

四球目はバットに当たってファール。
ボールはバックネットに当たった。

これも美空から聞いた情報だ。
ボールが後ろに飛ぶってことは、タイミングは合っているらしい。

それが本当だったら後はバットの芯をボールに当てるだけ。
そう考えたら難しくない。

難しくないと自分を納得させる。
だから嘘だとしても、『俺は絶対に打てるんだ』って何度も自分に言い訳した。

そうしたら本当に打てるような気がした。
まるで自分が偉大なプロのバッターのような気分になった。

そして五球目・・・・。

失投のように見えた。
あまりボールは速くない。

コースはど真ん中。
とりあえずバットに当てたら ボールは良い所に飛んでくれるかもしれない。

強気な気持ちで俺はバットを振り抜く。

外野フライでもいい。

そうすれば犠牲フライで三塁ランナーの橙磨さんが帰ってくる。
同点になる。

延長戦になるが現段階での負けは消える。
負けだけは俺は許さない。