ただでさえ暑い夏場なのに、彼女の額には大量の汗。
走ってきたのか、目の前の樹々は息を切らしている。

「ちょっと茜!電話したんだから出なさいよ!って、川島さん?どういう組み合わせ?んで、なんで茜ボロボロなの?」

現状を理解していない樹々。

でもそれは私達も同じだ。
突然現れた樹々の存在を理解するのに、私達は時間がかかった。

「松川さん?どうしたの、そんな汗かいて」

橙磨さんの声に、樹々は不満げな顔で答える。

「茜に連絡しても、全然出なかったから探してたの。さっき家行っても誰も出て来ないし、まさか帰ってないって思ったから」

さて、なんて言い訳をしよう。
樹々とは『友達』とはいえ、まだ過去を話したくない自分がいる。
過去を話してくれた橙磨さんと違って、私はまた逃げてしまいそうだった。

と言うよりもう逃げている・・・・・。

「いや、急にピアノ弾きたいなって。ほら、週末に音楽祭あるし」

「何回も連絡したのに」

樹々は鋭い目付きで私を睨むが、負けずと私は自分の意思を貫く。

「そう、そうなんだ!ケータイ落として!だから、朝早く出て探してたって言うか」

筋は通っている。
これなら行けそうだ。

「茜。ひょっとして嘘ついてる?」

「嘘じゃないよ!たぶん」

曖昧な私の言葉にシッポを掴んだのか、樹々は小馬鹿にするように笑った。

「茜さぁ、自分が嘘や隠し事をするとき、指が動くって自分で気付いてる?」

「ピ、ピアノをやっているからなんて、偶然だって」

その私の言葉と同時に驚いた。

嘘を付くとき、本当に自分の指が動いていた。
今まで生きてきて知らなかったが、確かに指がピアノを弾くように動いている。

樹々は相変わらず私を睨んでいる。
『白状しろ』と目で訴えているのか、『謝れ』って言っているのかはわからない。

でもこれ以上嘘はつけないということだけはわかった。

『もう樹々を苦しめたくない』と言う言葉が、脳裏から強く押される・・・・。

・・・・・・。