ルビコン

『チャンスが来た』と、川島ダーウィンズのベンチでは逆転したような騒ぎになった。
最終回だからみんなの声が大きく聞こえる。

『ここはなんとしても次繋げろ』と、みんなは次に打席に立つ選手に声援を送った。

その俺達の声援に答えるように、次のバッターはセンター前にヒット。
攻撃は繋がりノーアウト二塁一塁とチャンスが広がった。

先のことは正直わからない。
でも『もしかしたら勝てるんじゃないか?』って思う自分もいる。

よくわからないけど、こんな気持ちも初めてだ。
チーム競技なんてしたことないし。

そんな気持ちの中、打順が廻る俺はネクストバッターサークルで打席に立つ準備をする。

だが二番バッターは空振りの三振。

相手ピッチャーの肩が暖まってきたのか、全く隙のないピッチングにお手上げだった。
三球三振と良いところは全くなかった。

せっかくのチャンスに悔しそうだった。

そして打席には俺。

向こうも俺が野球未経験者と分かっているだろうが、入念にサインのやり取りを交わす。
きっと初回のホームランが効いているのだろう。

一方の俺は冷静だった。

俺が打ったら勝てる。
打てなかったら負ける。

それ以外の言葉はない。

俺の次のバッターの美空は打席に立てない。
ネクストバッターボックスにも現れず、ベンチで安静に座っていた。

時々痛めた足で立つような仕草も見せているけど、あの様子じゃ大きな怪我ではないのだろう。

川島ダーウィンズの選手は全部で九人。
控えの選手は誰もいない。

審判も相手チームの選手にお願いしている。
だから無理でも美空が打席に立たないと、『打席放棄』でアウトとなりチームは負ける。

言い方を変えたら、俺が凡退することで自動的に試合が終わる。
まだワンアウトだけど、俺のアウトはワンプレーで二つのアウトが与えられる『ダブルプレー』に等しい。

だから俺は絶対に負けられない。
俺が打たないと、試合が終わる。

ここまで頑張ったみんなに申し訳ない。

桜も『無能監督』ながら、頑張っている。
時より難しい表情で悩んでいる姿を何度も見た。

だったら俺が打たないと。
俺が打てばみんな笑顔になる。

それだけだ。
難しく考えなくていい。

・・・・・・・。

だが俺は野球の素人。
見たことないスピードの速球に、二球続けて見逃してしまった。