俺は『ピアニスト柴田アラン』が嫌いだ。
同時にピアノも大嫌いだった。

理由は一つ。
ピアノを見ると苛立ちを覚えるから。

この鍵盤のせいで、俺は何度母親から殴られたか。

練習を嫌がっても、ピアノを弾きたくないと訴えても、母さんは俺をピアノの前に座らせた。
そして何も言い返せないほど俺に『恐怖』と言う言葉を無理矢理ねじ込ませて、俺をピアノを弾く人形に育てあげた。

人形だから、ピアノを弾く俺に感情なんてない。
怒ることも悲しむことも泣くことも喜ぶこともない。

ロボットのように感情のない俺は、ピアノを毎日練習するだけ。

そんな人形のような俺に、『頑張れ』なんて言う人は居なかった。
まるで俺にそんな言葉をかけるのが『馬鹿馬鹿しい』ように。

だって、人形やぬいぐるみに『頑張れ』って言ったら、周りから見たら頭の可笑しい人に思われるだろ?
感情もないし、自分から動かないし。
そうだ。
俺が今も鍵盤の前に座るのも、全て母親との約束。

毎日の練習時間は八時間。
学校が終わったら、俺は当たり前のように脳に刻まれたようにピアノを練習する。

そして八時間練習するまで寝てはならない。

そうだ。
俺がピアノを弾くのは当たり前。

『ピアノを弾く人形』がピアノを弾いて当たり前。
当たり前だから、周囲の人間に『頑張れ』なんて言われなかった。

最後に聞いたのも、もう覚えていない。

覚えていないから、嬉しかった。
まるで生まれて初めてその言葉を言われたような気がして。

「あー、お姉さんに励まされて泣いちゃった?可愛い弟だね」

そう言われて、自分が涙を流していることを知った。
人前で涙を見せるのも初めてかもしれない。

「うっせぇ!」

だから慌ててユニフォームの袖で涙を拭くも、涙は止まらない。
どうやったら涙は止まるのだろうか・・・・。

そんな俺を、美空は励ましてくれる。

「理不尽で意味のわからないアホ采配でマウンドに送られたというのに、本当に真面目で頑張ってると思うよ。しかもその頑張りを否定する無能でアホな監督もいるけどね」

『頑張っているって、俺は特に何も』と、言ったけど、『アホ監督』と言われて桜は怒ったのか、俺の小さな声は桜の大きな声に書き消された。

「アホ采配ってなによ!結果的に無失点で済んだから名采配でしょうが!」

「いやいやいやいや。無能監督がアホな采配するから、選手一人負傷しているんだけど」

「それは、その・・・・・愛ちゃんが打たれのが悪い」

その桜の言葉に、俺はすぐに美空の気持ちを理解した。
桜は反省しないし『選手の責任だ』って言う無能な監督にの姿に俺は呆れた。

でも試合を放棄する選手もいる・・・・・。