「あれ?もしかして僕のこと知らないの?妹と親友を半殺しにして逮捕された僕のこと。一年間の謹慎生活を終えて、また高校三年生に戻った『我が高校一の不良少年川島橙磨』って聞いたことない?」

川島橙磨(カワシマ トウマ)。
その名前を聞いた私は思い出した。

だがそれはあくまで同じクラスメイトの一員の名前。
名前以外の情報は正直知らない。

「えっと、ないかもです」

私の声に橙磨さんは肩を落とした。

一方で『そんなに彼の名前は知名度が高いのか?』と、私は疑問。

「そっか。まあそうだろうね。桃花の意識が戻らないのも、誰も知らないもんね」

その桃花という名前に、私は聞き覚えがあった。
しかもその情報は新しい。

「その人って、桜さんの友達ですか?」

橙磨さんは苦笑いを見せた。
どうやら当たったらしい。

「正解。そういえば桑原さん、昨日のシロさんのカフェに居たね。川島桃花は僕の双子の妹だよ。まあ、今は一年以上寝たきりだけど」

私は驚いた。
昨夜橙磨さんが私の存在に気付いていたこと。

そして『意外にも世の中は狭いんだな』って思った。

橙磨さんは続ける。
何の躊躇いもなく、悲しい自分の過去を話してくれる。

「まあそうだね。さっきの猫と桑原さんで例えると、僕が猫で桃花は桑原さんだ。僕を助けようとして、桃花は殴られた。頭から大量の血を流してね。そして桃花は意識不明の重体。一年以上の歳月が流れて今になっても、なんの進展はないよ」

橙磨さんは笑顔で話してくれた。
でも本人は気付いていないだろうが、時より見せた辛そうな表情。

本当は絶対に辛いはず。
悲しさを噛み殺すような彼の笑顔に、私もいつの間にか辛くなっていた。
私は橙磨さんから目をそらしてしまう。

でも橙磨さんは私と違って強い人だと思わされる。

「ごめんごめん。変な話だったね。学校に行こう。早くいかないと寝る暇が無くなる」

橙磨さんは自分の携帯電話で時間を確認すると、再度私に笑みを見せた。
本当にどうして彼はこんなに私に笑顔を見せてくれるのだろうか?

そんな彼を見て、私は『橙磨さんが学校一の不良少年』って思うとおかしく思えてきた。

おかしく思ったから、私はいつの間にか小さく笑っていた・・・・・・。

ってか、『寝る暇がなくなる』って・・・・。
学校を何だと思っているのだろう。ただのガキじゃん。

「あっ、ようやく桑原さんが笑った」

「えっそうですか?」

不思議だった。
いつの間にか笑う私の中で、昨日から貯まっていたものが消えていくような気がした。

不思議と『頑張ろう』と思う力も出てくる。

人間って一度笑うだけで、機嫌が直るものなのかな。
今なら樹々の説教も聞ける自信がある。

「あ!居た!」

しかし実際に目の前に現れると動揺してしまう私。