ルビコン

また初球だった。
俺のテンポがいいのか悪いのか分からない投球に、相手バッターは打ち損じて打球はショート前。

四回からチームに合流している橙磨が打球を処理してツーアウト。
奇跡的に二球でアウトを二つ稼いだ。

「いい球投げんじゃん。いっそうのこと野球のプロでも目指したら」

橙磨の暖かい言葉に俺は舌打ち。

「うっせえ」

そんな軽々しくプロなんて口にするけど、見えない所で努力する積み重ね。
それがどれ程辛いものか分からないくせに。

嫌と言うほど母さんにピアノを弾かされて、父さんに『下手くそ』と馬鹿にされた日々・・・・。
俺は確かに幸せだ。
でもそれは周りから見た柴田愛藍の姿。

高校生ながら金もあるし、将来もどうにかなる。

だから柴田愛藍は幸せそうに見られているらしいが、やっぱり俺自身は一度も幸せだと思ったことがない。
やっぱり茜が居ないから、どうしても『幸せだ』と俺は思えない。

結局得るものは金だけだ。
『金があれば困ることはない』と俺の周りはそう言うけど、それは間違っていると俺は思う。

いや、絶対に間違っている。

だって、現に俺はまだ茜と仲直り出来てねぇし。
俺と葵、きっと茜も死ぬほど悩んでいるって言うのに。

と言うか、めっちゃ困っているんですけど。
毎日が辛いんですけど。

金があっても、何にも意味ねえし・・・。

それに俺、実はピアノが大嫌いなんだ。
ピアノをやっていなかったら、『俺はもっと茜や葵の側に居ることが出来た』って思わされるし。

毎日の練習に追われることなく、二人と遊ぶ時間だって作れたはずなのに。

そんな事を考えていたら急にイライラした来た。
早くこの試合終わらねえかな。

急ぎ足で投げた三番バッターの初球。
投球フォームも滅茶苦茶で、投球に関して何も考えずに投げた一球。

キャッチャーの構えた所とは大きく違い、ボールはバッターの頭部に当たった。
そしてバッターは崩れ落ちた。