マウンドに立つ小学生を知っているのはチームで俺だけ。

まるで目の前を通りすがる猫を見て、『昨日俺がコイツにエサあげたんだぜ』って言うのと同じくらい聞いた側は『どうでもいい』と思うような話で・・・・。

「なに悩んでんの?失恋した?」

気を使われていると言うことに気がついて、自分を殴りたいと思った。

「うっせえ」

「だったら元気出してよ。意味わかんない。そんなに愛ちゃんには相手のピッチャーは大切な人なの」

「ああ・・・」

ふと茜の辛い表情を思い出した。
同時にマウンドに立つ草太も同じ表情をしていた時もある。

彼と出会ったきっかけは、茜が草太をいじめから救おうとした所から始まった。
一方的にいじめっ子からやられる草太と、それを助けようとする茜。

俺はそんな二人を助けて、草太と仲良くなった。

そして、『また遊ぼう』と約束した。
約束したから、暇な日は草太を家に招いた。

草太の母に『ピアノを教えて』ほしいと頼まれていたし、ちょうどいいかなって。

だから草太は俺にとって大切なダチだ。

そんなダチを苦しめる奴は俺は許さないって俺はアイツに宣言したのに、『俺が苦しめて、どうするんだよ』って思った。

本当にアホだよな、俺は・・・・。

でもどうしたらいいんだろう・・・・。

・・・・・・。

「まあでも大切な人ね。私も似たようなことあるから何とも言えないけど。つかあの子起きないし」

桜の最後の言葉を聞いて、俺は桜の大切な親友のことかと思った。

「それ、お前の」

「あーもう思い出させないで!思い出しただけで辛くなるのに」

桜は被っていたチームの帽子を取って自分の髪をくしゃくしゃに掻きむしった。
そしてボサボサになったの髪で、小さく呟いた。

「なんで目覚まさないのよ、ももちゃん・・・・・」

俺と桜の間に重い沈黙が流れた。
応援するチームメイトの声すら聞こえなくなるほど。

まるで俺と桜だけ違う世界に来ているような気がして、時が止まったような気がした。