ルビコン

高校最後の陸上の大会で、桜は右足の靭帯を負傷して大怪我を負ってしまった。
幸い日常生活には支障は出ないけど、二十歳という若さで彼女のスポーツ人生は幕を閉じた。

『今の医療の技術では復帰は無理だ』って、桜は笑ってそう言っていた。
その桜が着るユニフォームは白を基準とした縦のストライプが特徴のユニフォーム。
そして草野球チーム名は『川島ダーウィンズ』と言うらしい。

男と女が混ざったお遊びの為に作られた野球チームだ。

昔から俺は度々このチームの『ピンチヒッター』として呼ばれていた。
来てもピアノの練習があるからと言って、早々に帰ってしまう事が殆どだったけど。

ちなみに俺は野球なんてやったことない。
でも元々運動神経は良かったから、すぐに順応した。

よく打っていた記憶があるし。

「あれ?愛藍くん。辞めたんじゃないの?」

そう言いながら、遠くからから眼鏡をかけた背の高い女の人が近寄ってきた。
桜と同じ高校だった吹奏楽部の仲間で、今は大学生の倉敷美空(クラシキ ミソラ)。

コイツもコイツで自分のことしか考えておらず性格が悪い。

「だよな」

嬉しい言葉を聞いたはずなのに、俺は肩を落とした。
『なんで他の人は知っているのに、監督が知らねえんだ』って。

チームのみんなの前で俺は言ったハズだ。
なんで監督やマネージャーと呼ばれる人間が聞いていない。

「あーもう。早く着替えて。あと五分で試合始まるから」

そのいい加減な桜の言葉に、俺はぶちギレた。

「お前なあ!俺は参加するとも一言も言ってねえし。帰るぞまじで」

いや、もう帰ろう。

明日はレコーティングだ。
親父のプロデュースで、俺は念願のアルバムを出すことなったのだ。

そのためにもう一度練習しておかないと。

でもこの女が簡単に帰してくれるとはそう思わない。
本当に人の心を突くのが上手だとある意味感心する。

「アンタ誰にタメ口で喋っているの?私の方が年上なのだけど。一応仕事しているだったら、上下関係くらいは知っているんじゃないの?」

想像していた出来事に、俺は桜から目を逸らした。
何も言い返す言葉が浮かばない俺は、唇を噛み締める。

本当に『人の形をした化け物』だといつも思わされる。

相手にバカにされたら俺は燃えるタイプだ。
『やり返そう』と心に決めて俺は闘志を剥き出す。

もうその思考自体がバカだと思うけど、こんな調子で十八年も生きてきたんだ。
簡単に修正出来るわけがない。

「うっせえ」

そう言って唇を噛みながら俺は桜の持つユニフォームを奪った。

そして近くの公衆トイレに急いで向かった。

悔しがりなから、壁を蹴りながら、俺はユニフォームに着替えた。