「どっちにしろ、ダンスは今度の祭りで終わりだ。だから俺もなんとかそれまでには、動けるようにはしたいけど」

かなり膝の状態が悪くて、下手すりゃ『歩けなくなるかもしれない』のに、葵は『最後かもしれない』と言う曖昧な理由で、人生を棒に振る気だ。

それは何としても止めないと。
俺も葵も、まだこの時間にやらないと駄目な事が山ほどあるのに。

「本気か?葵」

「本気だよ。それにもうすぐ高校も卒業だ。半端な気持ちでこれからやっていけるとは思わない。愛藍だってそうだろ?ピアノで食っているピアニストさん」

そう言われたら何て言い返したらいいのか分からなくなった。
同時に心を突かれたような葵の言葉に、俺の中から悔しさが滲み出る。

「うっせぇ」

「でもさ、最近はなんかホッとしているんだ。俺の後継者が見つかってな」

「は?」

後継者。
その葵の言葉に俺は違和感を覚えていた。

葵のダンスを初めて見たとき、『コイツなら天下を取れるんじゃないか』って俺は思った。
友人だからとか、お世辞とかではない。本当に思ったんだ。

ストリートダンスなんて俺は全く興味がなかった。
海外の都心の街中で踊っている奴を生で見たことがあるが、俺は全然興味が湧かなかった。

『その意味のわからねえリズムの音楽うるせえよ』って素直に思った。

でも、その俺の常識を変えくれたのは俺の悪友だ。
正直ダンスなんて俺には評価は出来ないけど、その華麗な葵の動きに俺の時間が止まったように感じた。

『葵のダンスは人を惹き付けるような魅力があるんだ』って俺は思った。

そんな天下を取れるかもしれない男が認めた相手。
そいつも相当上手なんだろう。

「愛藍覚えてるか?茜と一緒にいた山村紗季(ヤマムラ サキ)って女子」

「ああ、身体の弱いやつか?ずっと保健室にいたな」

クラスは違ったが、俺はその女をよく知っている。
だってずっと茜の側に居てくれた、『茜の友達』だ。

俺はずっと茜を気にしていたから、彼女と話したこともないのに自然と山村紗季の名前が耳に入って来た。

「その山村紗季の妹だよ。俺の後継者」

「まじ?」

「まーじ。アイツすげーよ。一晩でみんなに追い付きやがった。講師の潤ちゃんもビックリしていたぜ!」

葵の声の大きさが変わった。

そして嬉しそうに語る、葵のいつもの笑顔が想像できた。
同じダンス仲間が増えたことが、葵にはとても嬉しいことなんだろう。

だからこそ、俺は葵にダンスを諦めてほしくないのに。
その後継者も、たぶん俺と同じ事を思っているだろう。