「俺さ、殺し屋で悪役ののアーロンのセリフで好きな言葉があるんだ。何だかわかるか?」

「知らないです」

僕はすぐに答えた。
例え僕の好きなゲームの台詞でも、僕の気持ちは変わらない。

強がる僕を見て烏羽先生は笑った。
まるで『言うことの聞かない生徒だ』とでも言っているような、優しく包むようなその表情。

今日何度その表情を見せられただろうか。

そして烏羽先生はアーロンのセリフを語る。

「悪に勝てるのは正義じゃない。悪に勝てるのは、悪を貫いた悪の正義だ」

正直意味のわからない言葉だけど、僕は雷に撃たれたような気がした。
無視をしたら絶対にダメな気がした。

それが正しいとはこれっぽっちも思わないけど、今の病みきった僕は全否定する気もなかった。

「例えば正義と悪の戦い。正義のヒーローが悪役を退治して『街を救った』とか言うけどさ、本当に救えてるのか?悪は悔しくて、また悪は巧みするだろ。そして正義を見返そうとして悪事を繰り返し、正義はまた悪を退治。でも悪は対策を考えてまた正義に挑む。また正義は退治する。そしてその繰り返し。だからこそ、俺は思うんだ。『その負の連鎖、時間の無駄じゃね?』って。『問題解決してねぇじゃん』ってな。その悪の火を根本から消さない限りは、正義が悪をやっつけても意味ねえんだよ。・・・・正義なんて言葉だけで上手くやり取りしても、意味ねえんだよ」

・・・・・・。

「だから、いらねぇんだよ。この世の中に『正義』なんて言葉。あったところで悪は消えることはない。その悪の煙を消すことができるのは正義じゃなくて、正真正銘の悪だ」

その時、昼間から続いていた晴れ模様から一転。
大きな粒の雨が降りだした。

滴が落ちる音が、音楽を消した車内にも届く。
そう言えば『今夜から一週間、また秋雨が降る』って天気予報が言っていたっけ。

烏羽先生は怖いような憎しみに満ちたような表情で続ける。
まるで烏羽先生にカラスのような真っ黒な翼が生えたような気がした。

「例えば山村は殺し屋だ。お前は手には人を充分に殺せるナイフがある。そして目の前には、抵抗する力の残っていない殺傷対象人物。手段問わずに殺すのならば、お前は間違いなくそのナイフで相手を刺すだろう。でも手の届かない離れた場所で、相手から拳銃を突き付けていたら、どう思う?この状況で勝てるか?」

僕は難しい烏羽先生の質問の答えを考えたが、答えは一つしか出てこなかった。
『ナイフを投げつける』とか違う解答が出てきたけど、答えに相応しくないと思い、僕は思いついた素直な言葉で答えた。

「勝てません。撃たれます」

「そうだ。だとすれば、お前はこう言うんじゃないか?『少し話をしよう』とな」

その烏羽先生の例え話を聞いて、僕は制服の内ポケットに忍ばせているゲーム機に手を伸ばした。
そして思い出す。

この烏羽先生が出してくれた例、マーロンの五章の話と酷似していたと思ったから。