「まあでも、ずっと現状を保留して、今になっても引きずっている人もいるけどね。『それが悪い』とかそういう訳じゃないけど、焦らなくてもいいんじゃないのかな?自分で出来ないなら、誰かに支えられて生きていても。あたしみたいに誰かに支えられて、初めてその問題が解決するかもしれないから」

「誰ですか?」

「さあね。あたしとこっちゃんの近くにいる人だよ。ピアノが上手な、不器用な女の子」

茜を例に出したが、小緑は首を傾げた。
そういえば小緑は茜の過去を知らないんだっけ。

あたしが言うことでもないし、取り敢えずそのままにしておこう。

「ってあたし、トイレに来たんだった!こっちだよね?」

小緑は小さく頷くと、布団の中に潜り込んだ。
何かを考えているように、彼女は静まり返った。

あたしは限界が近づいたため、急いでトイレに向かう。

一息ついて再び小緑の部屋を覗くと、可愛い寝顔で寝息を立てていた。
もう寝たのだろうか。

それとも、考えすぎて疲れて寝てしまったのだろうか。

電気が付けっぱなしだったので、あたしは電気を消そうかと思ったがやめた。
そのまま半開きのドアをしっかり閉めて、あたしはみんなの待つ場所を急いだ。

けど・・・・・。

「遅い。どこ行っていたの?本当にトイレ?」 

案の定紗季に怒られた。
みんなもあたしを疑うような目をしている。

でもあたしは笑顔で答える。

「いやー、道に迷っちゃった!紗季の家がお城みたいに広いから、トイレの場所がわからなかったよ」

そう元気よく言ったら、何故だか無視された。
でもなんだかそれが嬉しくて、あたしは続ける。

「ホント、方向音痴な瑞季だったら迷っているね。間違いない」

悪意ある言葉に、案の定瑞季は怒りだした。

「そんなことない!樹々お姉ちゃんだって夜中に一人でトイレ行けないくせに」

怒った瑞季の声に、あたしの顔が真っ赤になる。
恥ずかしいという言葉だけが、あたしの脳で暴れている。

ってコラ瑞季!

「ちょ、瑞季!今は関係ないでしょ」

だがそのあたしの一言に、まるで水の中で獲物を密かに狙うワニのように食い付く人物がいる。
橙磨さんが面白そうな表情を浮かべて、あたしに噛み付く・・・・。

「関係ないってことは本当の話なの?樹々ちゃん?」

うるさいです!

「いや、まあまあ。今は気にしない!と言うか、早く始めようよ!」

その時、小さな笑い声が聞こえた。
まるでずっと堪えていた笑いを吐き出すように、茜は笑い出すと同時にあたしを馬鹿にする。

「なんか樹々必死過ぎ。変なの。ホント馬鹿みたい」

茜の声を皮切りに、みんなも笑いだした。
悪意ある茜の言葉に反論しようと思ったあたしだったけど、みんなの笑い声を聞いたあたしは茜への怒りを忘れていた。

そしてみんなと同じようにあたしも笑っていた。

本当に『馬鹿みたいだ大切な仲間』と『馬鹿なことを言い合って笑える』なんて幸せの証だ。

・・・・・・・。

だから、小緑も一緒に笑ってほしいな。
みんなと一緒に笑ってほしい。