ルビコン

部屋を飛び出し、あたしはいくつもの部屋の扉が並ぶ廊下を歩く。

『一体家賃とかどうなっているのだろうか』

『こんな家に住んでいる紗季は幸せなんだろうか』

そんなことを考えながら長い廊下を歩いていると、一つだけ半開きの扉があった。
その先から怒ったような声が聞こえる。

だけど専門用語のような聞いたことのない言葉に、彼女は何を言っているのか分からなかった。

罪悪感はありつつも、彼女がいる部屋を覗いた。
部屋の中は、学校で貰ったようなプリントや本が散らかっている。

部屋の中央にある小さなテーブルの上には、彼女のチャームポイントであるヘッドホンが置かれていた。

そして彼女は高そうなベッドの上、布団にうずくまりながらゲーム機で遊んでいた。

「こっちゃん、何やってるの?」

あたしの声に小緑は驚いた様子もなく、あたしの方へ振り向いた。
『なんだ樹々さんか』とでも言っていそうな、怒った声とは別に落ち着いた表情をあたしに見せていた。

小緑は答える。

「クソゲーやってます」

「クソゲー?」

クソゲーの意味すら正直分からなかった。
あたし、本当に社会人になっても大丈夫なんだろうか。

『同期や先輩にいじめられたりしないだろうか?』と、今更ながら不安になった。

「あーもう毎回イラつくな!なんでいつもこんなトラップに引っ掛かるのさ!」

小緑は取り込み中のようだ。

と言うか本当に風邪?
この様子じゃ元気そうに見えるだけなんだけど。

部屋の扉をゆっくり、何も見ていなかったかのようにあたしは閉じようとした。

「樹々さんって、マークに似てますよね?」

だがその意味の分からない小緑の言葉に、あたしの手が止まった。

「マーク?え、何それ?」

「このクソゲーの主人公です。間抜けで騙されやすくてお人好しのヘタレです」

酷い言われようだ・・・・。
あたしってそんな人に見えるのだろうか。

「えっと、ゲームの話だよね?」

ゲームなんてしたことない。
今彼女が持っている小型のゲーム機の名前すらあたしは知らない。

そういえば向日葵が家に連れてきた男友達はみんな似たようなゲーム機を持っていたっけ。
向日葵は持ってないけど。

「マークVSアーロンっていうクソゲーですよ。姉弟喧嘩の話のゲームです」

「へぇー、そんなのあるんだ」

紗季もゲームが大好きだ。
『暇な日はよくゲームをして時間を潰す』と言っていたし。

『そんなにゲームというものは面白いものなのだろうか』と、あたしの中で疑問が浮かんだ。

と言うか瑞季も向日葵もゲームをしている所を見たことないから、そもそも『ゲーム』と言うものが何なのかも、正直よく分からなかった。

・・・・・・・。

・・・・これ、会社で省かれる奴決定だ。