「樹々。いたんだ」

その泣きそうな疲れきったような茜の声に、あたしは反応した。

すると目の前にはエプロンを纏い、涙を浮かべて悲しげな表情を浮かべる茜が立っていた。

その茜にあたしは問い掛ける。

「茜?どうしたの」

「私、料理向いてない」

茜の手と指には、数ヶ所にわたって絆創膏が貼られていた。
きっと料理には付き物である火傷や切り傷を負ったのだろう。
『最初はそんなもんだよ』と励ましたかった。
でもあたしも東雲さんと一緒に晩御飯を作るときは、茜と似たような表情を浮かべている。

だからあたしが励ますのも変だと思ったから、上手く言葉が出てこなかった。

「紗季ちゃんやっぱりなに作るか先に決めようよ。闇雲に作っても全くイメージが浮かばないよ」

茜の後ろでキッチンから顔を出すように橙磨さんの姿があった。

彼のアルバイト先の制服なのだろうか。
彼が着ている真っ黒なTシャツには『焼鳥若竹屋』と大きく書かれている。

そういえば夏祭りの彼の屋台でも彼は同じ服を着ていたっけ。

「うーんそうだね。じゃあその試作食べながら考えようか。樹々ちゃんと瑞季くんも来てくれて、みんな揃ったし」

その紗季の言葉に、『そもそもなんで紗季の家なのだろうか?』とあたしはふと思ったが、すぐにあたしは理解した。

今日は土曜日。
日曜日同様にカフェは先週のように忙しくなることは想像できた。

お父さんもまた手伝いに行っているのだろう。
そんな忙しい中、厨房なんてを貸し出せる余裕なんてない。

だから代わりに使えそうな場所と言えば紗季の家くらいだ。
家が大きいだけあって、台所やリビングも元々住んでいたあたしの家の倍の大きさはある。

それにみんなを呼ぶのに最適だったのだろう。

紗季の指示で、あたし達は山村家がいつも食事をしているだろうと思われる大きなテーブルに案内された。
何人掛けのテーブルなんだろうか。五人座ってもまだ数人は座れそうな程椅子は余っている。

そのテーブルの中央には先ほどあたしが見ていた料理のレシピ本が置いてある。
和食や中華や洋食と言った様々な国の料理本が並ぶが、そもそもその言葉は一体何なのか、あたしはまだ理解できないでいた。

それこそ『和食や洋食って何?』ってこの場で言ってしまったら鼻で笑われそうだった。

でも笑われる前にトイレに行きたい。

「ごめん紗季トイレ貸してくれない?どこにあるの?」

「廊下出た突き当たりにあるよ」

逃げた訳じゃない。
本当にトイレに行きたかっただけだ。