「瑞季見てきたら?たぶんあたしが見ても分からないし」

あたしの言葉に瑞季は小さく頷いた。
そして彼は目を輝かせて山村家のキッチンに向かった。

その時、ここまで一連の流れにあたしは疑問が一つ浮かんだから、それを紗季に問いかける。

「っていうか、なんで茜が料理作ってるの?」

紗季は苦笑いを浮かべて答える。

「指名らしいよ。城崎さんからの。茜ちゃん、このまま進路も就職も決まらなかったら、城崎さんのカフェで働いてみるのもいいのかなって。前にそう城崎さんが言っていたんだ」

「へぇ、そうなんだ・・・・」

なんていうか、特に驚かなかった。
茜の進路先候補が決まってホッとしたわけでもない。

まるで他人事のようにあたしは思った。

それとも『残念』に思ったからあまり驚かなかったのだろうか。
茜はピアノが上手なのに、ピアノの仕事をしないから『勿体ない』と思ったからかな。

あたしはテーブルの上に無造作に置かれた和食のレシピ本を手に取ってみた。
世間的には有名料理なのだろうが、あたしの中にはその知識が無いため別の国の料理にも感じた。

食材に薄い衣を付けてサッと油で揚げた『天ぷら』ってなんだろう?

あたしも料理を作ったことはあまりない。

瑞季達と家族になる前は、スーパーやコンビニでおにぎりを一つ買って食べていた。
自炊もたまにするけど、あたしも『料理』という言葉がわからないから、いつも残念なご飯になっていた。

だからちゃんと『料理』という言葉を知ったのは、東雲さんと一緒に晩御飯を作ってからだ。
それまで『料理』という言葉は知ったつもりで生きていたが、『それは違う』と東雲さんに教えて貰った。

食べたことも見たこともない料理を、東雲さんはあたしとお姉ちゃんの為に作ってくれた。
様々な国の料理に、自分の住んでいた場所がちっぽけに感じた。
それはまるで、何日も懸けてようやく咲いた花のように。

あたしはようやく蕾を開いて、世の中に顔を向けることが出来た。
若槻家の一員になって、視界が変わった。

だから、今のあたしはとても幸せだ。
その幸せの花壇にに後一つ、萎れかけた花がまた開いてくれたら、何も言うことはないほど完璧だ。

お母さんとまた一緒に晩御飯を食べたい。
あたしの今の願いは自分の就職なんかよりも、その萎れかけた花の行方が一番心配だった。

早く帰って帰って来て欲しいな、杏子お母さん・・・・。