『今日は何て言ってさきねぇを励ましてあげようかな』

そんな事を考えながら、まるで口笛を吹くように晴れた気持ちで僕は自分の家に帰ってきた。

家の玄関を開けると、目の前のリビングの扉越しからお姉ちゃんと母の声が聞こえてきた。
お姉ちゃんがどんな顔で話しているのか、全くわからない。

その会話を僕は扉越しに聞いていた。
きっと向こうも僕の存在に気付いていないだろう。

そして聞こえるお姉ちゃんの意味のわからない言葉。

「ねぇお母さん。私、どうしたらいいのかな？」

「何がよ」

「わかんない。もうとにかく色々」

「紗季が悩むなんて珍しいわね。アンタ『昔から何にも考えてません』って言うように、ゲームに飢えた獣みたいだったのに」

「前まではしていたけど、最近はゲームすらしていない。小緑の勉強を教えるのも勿論あるけど。そんなことより身体鍛えたら少しは体調も変わるかな。それとも手術したら治るのかな」

「何バカな事言っているのよ。身体の事は心配いらないって、父さんも言ってるでしょ。無茶しなければアンタはそれで幸せ。勉強も出来るし、人生の勝ち組にだってなれるのよ」

「勝ち組か・・・・」

「なんで保育士になりたいって言ったのよ。アンタ、そんなに子供好きだった？」

「分かんない」

そのお姉ちゃんの言葉で、一旦二人の会話が止まった。
そして『驚いた』というのが僕の本音だ。
お姉ちゃんがどんな表情をしているのか分からないけど、その悲しい声を僕は聞いたことがない。

それに母と二人で話していると言うのが信じられない。
まるで娘を『道具』にしか思っていない母が、『道具の悩み』を聞いている。

お姉ちゃんも『馬の耳に念仏』と言うことわざを知らないのだろうか。
まともじゃない母が、お姉ちゃんの悩みを鵜呑みにしているとは思えない。

二人の会話は再び始まる。
お姉ちゃんの声が聞こえる。

「お母さんって、お父さんのことをどう思っているの？」

そのお姉ちゃんの言葉に、僕は無意識に顔を上げていた。
その言葉だけは何故だが興味がある。

と言うより嫌でも耳に入ってきた。

「別に。仕事や教育に真面目な人。それ以外は無いわよ」

そうやって短く母は答えた。

「お母さんはさ、私を殴ったりしているけど、それはしつけ？教育？」

「何よ意味わからないこと言い出して。アンタ、そんなこと考える子だった？」

「いいから答えて」

低く、まるで何かに取り付かれているお姉ちゃんの声に、母は息を飲んだ気がした。
僕はこんな怖いお姉ちゃん見たことない。

・・・・・・・・。

それとも、これが本当の山村紗季お姉ちゃんの姿なのだろうか？
だとしたら、僕は耐えられない・・・・。

こんなさきねえ、見たくない・・・・・・。

母は答える。