結局何も話せずに、お互いの家が近づいてきた時だった。
突然現れた見覚えのある高校の制服の女の人は、僕達を見て笑顔を見せた。

「あっ瑞季お帰り。こっちゃんも。一緒にいるって珍しいね」

一方の僕は彼女が誰なのか分からなかった。

目の前の女の人を僕は知らない。
不自然な真っ黒の髪色に、鞄にぶら下がっている熊のぬいぐるみ。

だがどこか見たことのある人だった。
瑞季は誰だかわかっているようなので、思わず彼から笑みがこぼれる。

「お姉ちゃん!ただいま。お姉ちゃんこそおかえりなさい。今日は遅いんですね」

「うん。昨日まで遊んでいたけど、今週末には面接試験あるし。だから今日はその面接練習で遅くなっちゃった。たぶん今週はずっとこんな時間かな」

その時、目の前の女の人は『樹々(キキ)さん』だと僕はようやく気が付いた。
昨日と違って全く違う見た目に、僕は目を疑った。

ってか絶対に黒髪の方が似合うのに。
似たような明るい髪色の僕が言うのもなんだが、なんで染めたりしているんだろう。

そっちの方が茜さんも絶対にいいって言うはずなのに。

樹々さんは突然瑞季に怒り出す。

「って今朝の朝食の時に言ったよね?たまには家族の会話に参加しようね瑞季くん。あの仕事の鬼でいる桔梗(キキョウ)お姉ちゃんまでちゃんと聞いてくれたって言うのに」

迷ったような樹々さんの表情が一転。
凛々しくハキハキと言う彼女の言葉に、瑞季は突っ込んだ。

「お母さんみたいなこと言わないでください!」
瑞季の慌てた声を聞いた樹々さんは、何かを思い出したかのように我に帰った。

そしてまるで『自分らしくない』とでも言っていそうな、夕日に染まった真っ赤な表情で彼女は言った。

「お母さんが帰ってくるまで、あたしがアンタのお母さんなの!変なこと言わないで!」

その姿を見た僕は面白いと思った。
面白かったから笑った。

笑ったら樹々さんの表情がどんどん真っ赤に染め上がる。

「何よこっちゃん。変なこと言ったような目で見ないで」

「変なこと言っていましたよ。ってか恥ずかしそうにいう時点で、変なことって自分で気がついてくださいよ」

僕の意地悪な言葉に、樹々さんは手に持つ鞄で僕を殴り付けてきた。
何が入っているのかわからないが、その重たそうな鞄を僕は何とか交わした。

上履きだから、いつもより動きづらいけど。

樹々さんの怒りは収まらない。