「俺には嘘は通用しないぞ。なんだったら大村と砂田の件、俺が話を着けてもいいんだぞ。お前が学校でいじめられているのに、知らない顔を浮かべているこのクソ教師達にな」

その冗談か本気かわからない不気味な表情に、僕は無意識に目を逸らしていた。

彼には何が見えているのだろうか。
そしてこの人は『正義』なのか『悪』なのか。全く相手の心が読めない。

確かお姉ちゃんは、『相手の本音や嘘は目を見たら分かる』と言っていた。
嘘を見抜く方法はずっと相手の目を見続ける。

すると相手は緊張して、気付かない所で無意識に体に症状が現れる。

例えは無意識に指が動くとか。
瞬きの回数が多くなったりとか。

微かに身体が震えているとか。
その話が本当だったら嬉しいものだ。

この何を考えているのかわからない不気味な教師にも、一泡ふかせる事だって出来るかもしれないのに。

だが仮にその話が本当だったとしても、この男には通用しないということだけは僕にも理解できた。
理由は何となく・・・・・。

こうなったら奥の手だ。

「あっこら!山村!逃げるな!」

逃げるが勝ち。
後で怒らると思うが、今は烏羽先生に絡まれたくない。

ここは逃げるのが賢明な判断だ。

生徒指導室から僕の名前を呼ぶ声が聞こえる。
なんで追ってこないのだろうと考えたが、そんなことより烏羽先生の声が怖かった。

捕まったら、何をされるかわからない。
僕はただ逃げることだけを考えた。

逃げて、逃げて、逃げた先に何があるのはわからないけど、逃げ続けた。
そうすれば逃げ切れると思った。

でも・・・・・。

・・・・・・・・。

そう、『逃げても意味がない』ってことに、この時の僕はまだ気がついていなかった。

今の僕はまるで、蜘蛛の巣絡まった哀れな虫。
逃げようと思っても、手足を絡まれて逃げることの出来ない山村小緑・・・・。

だけど、これ僕の人生が終わったわけじゃない。
逃げる方法はある。

ただ一つある。

それは、僕を食べようとする目の前の『瑠璃』と言う名の蜘蛛を退治することだけ。
瑠璃さえどうにかしたら、僕は自由になれる。

なれるけど・・・・・・。

・・・・・・。

今の僕には『戦う』という選択肢は無いに等しかった。

理由をあげるなら、瑠璃に興味がないから。
『こんな女郎蜘蛛に僕が食べられるわけがない』と思っていた。

思っていたから、僕は酷い目にあった。
いつの間にか、その蜘蛛の巣に関係ない人まで巻き込んでしまって・・・・・・。

その『関係ない人』が食べられてしまうと言うことに、僕はまだ気付かない・・・・・・。