ルビコン

「んじゃ、茜ちゃんの落としたドリアにしようかな。それありますか?」

栗原先生の言葉に、城崎さんは笑みを見せる。

ってか『茜ちゃんが落とした』っていらないよね?

言わなくていいよね?

私に喧嘩売ってるよね?

「はい!カレードリアとミートソースドリアの二つあるのですけど、どちらにします?」

「んじゃ、一つずつ下さい。ハルもそれでいい?」

「うん」

「はーい!ありがとうございます!」

城崎さんは二人に笑顔を見せると、厨房にオーダーを伝える。
そして戻ってきたら二人のドリンクを作った。

先に春茶先生のグレープフルーツジュースが完成した。
栗原先生のオーダー通り、赤いストローがグレープフルーツジュースに付いている。

栗原先生はグレープフルーツジュースが入ったグラスの場所を丁寧に春茶先生に伝えるとストローを握らせた。
その手は離さず、春茶先生はストローを握りしめるように掴んでいた。

ドリンクの位置を見失っても、ストローの感覚があれば春茶先生はドリンクを見失うことはない。

栗原先生が考えた外食するときのルールだ。
春茶先生はメニューを読むことが出来ない。

だから変わりに栗原先生が春茶先生の食べたいものや飲みたいものを当てる。
たまに意見が合わなくて時間がかかる日もあるけど、大抵はすぐに決まる。

そして春茶先生と栗原先生はカップルみたいだといつも思わされる。
二人とも同い年の二十七歳で、二人は幼いときからの友人と言っていた。

小学校は違ったけど、同じピアノ教室に通っていた。

その時から春茶先生のピアノの腕は凄かったらしい。
あまりにも凄すぎて、ピアノ講師が仕事を放置したとか噂がある。

きっと教えのプロである自分より上手に引く彼女に、ピアノ講師のプライドをズタズタにされたのだろう。
目が見えない春茶先生ならなおさら。

それから二人はそれぞれの小学校を卒業して、二人は中学生からずっと一緒らしい。
栗原先生は彼女の世話係として、二人はクラスが異なることはなかった。

いつも一緒の二人は『校内では有名なカップル』と噂されていたが、本人達は付き合っていないと否定している。

そして今も付き合ってはないとか言うけど、本当なのかな?
二人は高校も音楽大学も同じだった。
わざわざ二人揃って、住んでいた街から離れてピアノを学んだらしい。

そして大学生の時、春茶先生はヨーロッパのコンクールで日本人初の優勝に輝いた。

一方の栗原先生は、ピアノを練習する暇なんて無かった。
その姿はお母さんのように、栗原先生は彼女のために尽くした。

常に彼女の隣で春茶先生をサポートしていた。

栗原先生がピアノを弾く理由は、春茶先生と一緒に世界の舞台に立ちたかったからだとか。

『自分はダメでも、ハルが活躍してくれたらいい』って。
昔そんなことを言っていた。

まるで春茶先生の隣の席は自分だとアピールするように。栗原先生は常に春茶先生と一緒だ。
『ハルの隣は自分しか許さない』と言っているように・・・。