「こら、りっちゃん!茜ちゃんいじめたら許さないって、前にも言ったよね?」

春茶先生の言葉に、栗原先生はすぐに笑って誤魔化す。

「ごめんごめん。もうしないからさ。ね?」

そう言って栗原先生は怒った表情の春茶先生をなだめた。
ってか『もうしない』って、私と二人になったらすぐに攻撃してくるくせに。

嘘つき。
その私達の様子を隣の紗季は驚いた表情で見ていた。
そういえば、紗季とはあんまりピアノ教室での話はしなかったっけ。

小緑はゲームに集中して気付いていない。

栗原先生は再度私に声を掛ける。

「茜ちゃん、隣の席いい?空いてるし」

「いいですけど、隣は春茶先生ですからね」

「はいはい」

栗原先生は『仕方ないな』と言っていそうな苦笑いを浮かべて、私の隣の椅子を引く。自分が座るためではなく、春茶先生を誘導するため。

本当に彼女の両目は見えないらしく、春茶先生は目の前の椅子に座るのも一苦労だった。

「いらっしゃいませ!驚きました、まさか私の店に有名人が来てくださるなんて。しかも、茜ちゃんのピアノの先生って!」

興奮した様子で城崎さんは二人におしぼりを渡す。
城崎さんの営業スマイルがいつもより輝いているようにも見えた。

なんか嘘くさい・・・。

「ありがとうございます。ほらハル。目の前のおしぼり貰って」

栗原先生の言葉で、春茶先生は慌てておしぼりを受け取る。
暖まったおしぼりに春茶先生は少し驚いた表情を見せたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。

「はい、ありがとうございます。茜ちゃんもよく来るのですか?」

「そうですね、もうすっかり常連さんで。今日のお昼なんて人がいないから手伝ってくれたのですよ。初めての仕事で変な声を出してましたけど」

その意地悪な城崎さんの言葉に、私は頬を膨らませた。
この場にはその言葉を待ち構えている害虫が潜んでいるのに・・・・。

ってか『もうしない』って言ったはずなのに・・・・・。

「へえー、どんな声?」

「うるさい!もう帰ってください!」

嫌味で話す栗原先生に怒ったら、小緑以外のみんな笑った。

小緑は相変わらずゲームに夢中だ。
私がピアノを弾くのと同じように、そんなに面白いものなのかな?