「ちょっと小緑ちゃん。仕込みについて話があるんだけど。何?あのジャガイモの皮剥き。ちゃんと教えたよね。ごめんね、ゆっくりしていってね」

お客さんの会計を済ませた城崎さんは、慌てて小緑の腕を掴んだ。
引っ張るように小緑を無理矢理厨房に連れて来た。

何が何だか分からない小緑も反論する。

「皮剥きって何?僕そんなこと」

「ああもう。分かってい。嘘に決まってるでしょ」

怒りと不安が入り乱れた小緑の表情を見た城崎さんは、大きなため息を吐いた。

それはまるで学校の先生のように。
目の前の自分の生徒と向き合うような、真剣な眼差し。

「あの子何?小緑ちゃんとどういう関係?」

「関係ないです。知らないです。あんな奴ら、死ねばいいのに」

昨日と同じ暴言を吐いた小緑は、逃げるように更衣室へ向かおうとする。
だがまだ話は終わっていないと、城崎さんは彼女の腕を再び掴んだ。

「ちょっと小緑ちゃん!」

「放して下さい!城崎さんには関係ない!」

「関係ないこと」

「じゃああいつらの名前全員言ってください!あと僕とどういう関係なのか。それが言えないな部外者は放っといて下さい!」

小緑の見たことのない焦りの表情に、私達は息を飲んだ。
城崎さんも電池の切れたかのように、無意識に小緑の腕を放していた。

だけど、私はこのままではいけないと言うことは分かった。

いや、きっとみんな一緒の事を考えているんだろう。
言葉に出来ない彼女の想いに、言葉を失ったのだろう。

「小緑、言い過ぎ」

だから私は無意識にそんなことを呟いていた。

さすがに小緑の今の言葉は間違っていると私は思う。
助けてくれる城崎さんに、喧嘩を売るような言葉は絶対に間違っている。

本音だとしたら、私は絶対に許さない。

「茜さんも首を突っ込まないでください。迷惑なんで。鬱陶しいです」

だけど私もあの頃だったら、今の小緑と同じことを思っているのだろう。
許さないと言いながら、小緑の気持ちも分かる気がする。

同時に『すごい』と思った。
こんなこと、昔の私なら絶対に言えない。

思ったとしても、飲み込んでしまって心の中に溜め込んでいたんだろう。 

まあ私の場合は『助けてくれる人』なんて居なかったから、そこまでは思わなかったけど。

「ねぇ小緑ちゃん。君は何様になったつもり?誰に向かって口聞いてるの?」

でもこんな風に本気で向き合ってくれる人がいたら、私の人生は変われたのだろうか。

「えっと、橙磨さん。その、私は大丈夫ですから・・・・」

目の前の光景を見て、私は吐きそうになった。