ルビコン

僕は桃花の名前を街灯の少ない街中の中で叫んだ。
『頼むから無事でいてくれ』って、それだけを祈りながら僕は走り続ける。

でも無惨に幾千の綺麗な星空が広がる闇の空に、僕の声は消えてしまった。
何度妹の名前を呼んでも、桃花は返事をしてくれない。

『そうだ、電話だ』

ようやく気が付いた一番の案に、僕はポケットから自分の携帯電話を取り出す。

でも着信は来ていない。だから僕は最悪の状況を予感した。
連絡できないほどの最悪の結末に・・・・・・。

それでも僕は桃花に呼び掛ける。
同時に桃花に電話を掛けた。

『頼むから出てくれ』と、周囲が見えなくなるほどそれだけを祈った。

電話を掛けた直後、微かに誰かの携帯電話が鳴る音が聞こえた。

そしてその音は段々大きくなり、突然後ろから誰かに抱き付かれた。

何度も聞いた女の子の声も一緒に聞こえる。

「助けて!とーま!」

その言葉と共に僕はふと振り返ると、目の下を真っ赤に染めた桃花が僕を抱き締めていた。
僕を離そうとしなかった。

「桃花?」

同時に理解した。
桃花は泣いてはいるが、無事だということに。

怪我も負っている様子はない。
なんとかひと安心と、僕は胸を撫でる。

だけど、ひと安心も束の間だった。

「見つけたぞ!川島桃花!」

その男の声を聞いた桃花は震えるように悲鳴を上げた。
すぐに僕の背後に隠れる。

そしてこの男が桃花を脅かす正体なんだと僕は気が付いた。
暗闇で顔がよくわからない。

だが今やることは直ぐに分かった。

「逃げるよ!」

今の桃花を呼ぶ男の人の声に、僕はどこか聞き覚えがあった。
だが顔がわからない以上、戦うのは無理がある。

自慢ではないが、僕は喧嘩は強かった。
格闘技なんてしたことはなかったが、遊びで桃花のプロレスごっこに付き合わせれた。

それと父の会社の従業員に、何故だか喧嘩を教えてもらった。

そういえば父の建築会社の従業員は皆、喧嘩が強かったっけ。
それにその従業員、柄悪いし。

仕事はきっちりするけど、チンピラみたいだし。

だからそのせいで空手をやっていた上級生にも喧嘩で勝ってしまったくらいだ。
喧嘩に負けたことなんて、一度もないし。

そう言えば昔、ピアニストと名乗る色黒の少年と身長の高い少年に喧嘩を挑まれた事あったっけ。

そしてその二人の少年の背景には無愛想な女の子がいた。
今思うとその女の子、茜ちゃんに似ていた気がする。

気のせいだろうか。