事の始まりは、僕らが高校三年生になった日の事。
僕と桃花の日々が波に流された砂の城のように、跡形もなく消えてしまった日の事。

その日は『気分転換』と言って、若竹さんは早く店を閉めて僕らを近くのラーメン屋に連れってくれた。

『いつも頑張っているご褒美だけど、売り上げ高くないからラーメンで許してくれ。でも好きなだけ頼んでもいいから』って。

二年前の言葉を、今でも新鮮に僕は覚えている。

食べる事が大好きな桃花はきっと、『店内のメニューを全て食べ尽くすんだろう』と、僕はそんなことを思っていた。
席に着いたら桃花は真っ先にメニューブックに手を伸ばすと思っていたのに。

・・・・・・・。

「忘れ物したから取りに行ってくる」

僕は耳と目を疑った。
同時に逃げるように店内から出ていく行動も。

まるで何かに追われているような桃花。
すぐに僕の中にも不安が募る。

残された僕と若竹さんは注文をせずに、桃花の帰りを待った。
だが何分も待っても帰ってこない桃花の姿に、僕の不安は大きくなるばかり。

それでも若竹さんは『大人しく待っていよう』と提案する。

それから一時間が経った。
店員に『注文はよろしいですか?』って何度も問われた。

そして何度も『もう少しだけ待って貰えますか?』って若竹さんは答えていた。
本当に申し訳なさそうな若竹さんの表情を、僕はしっかり覚えている。

僕の限界はとっくの前に越えていた。
嫌な予感は桃花が店を飛び出した直後から漂っていた。

それにあんな脅えたような桃花の表情、今まで僕は見たことないし。
いつもヘラヘラ笑っているやつだからなおさら。

だから僕は若竹さんの言葉を無視するように、桃花と同じく店を飛び出した。
若竹さんは僕に何かを言っていたが、うまく聞き取れなかった。

そして僕は桃花が忘れ物をした若竹さんの家には向かわず、漆黒の空の下を走り回った。
僕が住む街をただひたすら走り続ける。

桃花が家には行っていないと確信はあった。
双子だから情報は共有出来るのだろうか。

そもそも『忘れ物』って手ぶらで来たはずなのに。
桃花が大切にしている携帯電話も、握りしめるように持っていたのに。

それに今日の桃花、微かに身体が震えていた。
それはまるで目の前の見えない恐怖の生き物に脅えるかのように・・・・・。