そして聞こえて来るのは、近所に聞こえそうな紗季の荒々しい声だった。
らしくない紗季の大きな声。

「お願い、お父さん、お母さん!小緑を許してください!」

私の目の前の光景は、山村家の玄関。
様々な部屋の扉が見えたが、リビングと思われる扉は半開きになっていた。

多分紗季はリビングにいるのだろう。

そしてそのリビングに向かって、バレないようにゆっくりリビングを様子を覗く私と小緑。

でもそのリビング中の光景に、私は思わず目を逸らしてしまった。
見たくない親友の姿に。小緑のお姉ちゃんの土下座姿に・・・・。

これがお姉ちゃんの特権なのだろうか。
正直言って、全く理解できなかった。

両親に向かって土下座するなんて、意味が分からない。

その紗季の目の前には、父親と思われる男の人が眉間にシワを寄せて腕を組んで紗季を見下ろしている。

そしてその父親と思われる人物のの隣には、エプロン姿の紗季の母の姿。
何度も小さなため息を吐きながら、呆れた顔で紗季を見ていた。

ちなみに紗季の両親二人とも、まだ私達の存在に気がついてない。

そんな中、父親の声がリビング内に響き渡る。

「紗季、顔を上げなさい」

「お願いします!小緑を許してください!」

紗季は再び叫んだ。
多分紗季、許してくれるまで顔を上げないつもりだろう。

そんな娘に対して、父親の怒りは爆発する。

「紗季。いい加減にしなさい!近所に迷惑だ!」

「どうしてわかってくれないのさ!あの子は本当に勉強のやり方がわからないだけ。本当にわからないだけなの。それなのに、あの子の存在を認めないなんてあり得ないよ!」

その紗季の訴える言葉に、私はさっきの小緑の言葉を思い出した。
『どうして僕の存在を認めてくれないのさ。本当に分からないのに、何でそんなこと言われなきゃ駄目なのさ!』

力強く言った小緑の言葉は、自分のありのままの姿を言っただけ。
ただ物事を理解するのに時間が掛かっているだけなのに。

私は努力してピアノを弾けるようになった。
先生のお陰もあるが、弾いているのは私自身。

私が努力したから、私はピアノを弾けるようになった。
有名なコンクールにも出させてもらったこともある。

努力が報われた瞬間。

だけど、努力したって出来ない人もいる。
どれだけ頑張っても、栄光に届かない人もいる。

いや、殆どの人間がそうだと思う。
世の中は出来る人を取り上げ過ぎて、感覚が鈍っているだけ。

そして小緑も『努力しても出来ない人の一人なんだ』と、今の紗季の言葉を聞いて確信に変わった。
と言うかたったそれだけのことなのに、どうして認めてくれないのだろうか。

だから私も紗季や小緑と同意見だ。
『勉強が出来ないから』って、我が子を見捨てるのは絶対におかしい!

でも紗季の主張を、まるで嘲笑うように父親は鼻で笑って答える。