「ま、まじ?」

「ホントだよ。じゃなきゃ、あの子を一人にさせない」

その真剣な声に、私は息を飲んだ。
間違いなく紗季は本気だ。

でも盗聴機を仕掛ける時点で『紗季が妹の身を心配している』ということはすぐに理解した。

紗季は続ける。

「もちろんお父さんとお母さんには話してない。知っているのは私と茜ちゃんだけだよ」

平然と話す紗季に、私は違和感を覚えた。

「姉としていいの?あんなこと許して」

「許した訳じゃないけど、あの子なりの反抗だから。中間的な立場で言わせてもらうと、『まあいいかな』って」

紗季が中間だとしたら、やはり小緑の相手はやっぱり両親なんだろう。
事情は気になったが、聞くのは筋じゃない。

だから私は再び紗季の事だけを問い掛ける。

「小緑のお姉ちゃんなのに、他人事みたいだね」

「そうかな。でも私が出来ることって限られるし。一線越えそうになったら止めるくらいしか出来ない。止めても『生活費』がかかっているから止めないだろうし」

紗季の言葉に、再び私は違和感を覚えた。

「生活費?」

「まあ生活費というより食費かな。こっちゃん家出してるの。まあ家出と言っても、深夜になれば帰ってきて早朝に出ていくんだけどね。ちゃんと部屋で寝ているし、お風呂も入るし着替えもしている。強いて言うならご飯食べてないことかな」

紗季はなんのためらいもなく山村家のお家事情を続ける。

「山村家の食卓はいつも三人分。私と両親の三人。そこにこっちゃんのこばんはない」

これ以上山村家の話を聞きたくないが、仕方ない。
まるで渦潮に呑まれたような気がしたから、私は問い掛ける。

「ど、どうして?」

「うーん。やっぱり家出しているからかな。小緑、『ご飯も自分で何とかする』って言って家から出ちゃったから」

一瞬だけ、紗季の言葉が迷ったように聞こえた気がする。
でもそれが何なのか私はわからない。
「どうしてそんなことになっちゃったの?」

「私の両親がクズだから。『勉強が出来ない馬鹿だから』って理由で追い出したの」

その言葉を理解するのに時間がかかった。

いや、本当はすぐに理解したのだけど、私が現実から目を逸らしただけだ。

「そんな馬鹿みたいな理由で?まだ中学生だよ」

「仕方ないよ。親が決めたことなんだもん。そこは変えられない」

どうして紗季はそんな簡単に語れるのだろうか。
理由はわからない。

でもいくら親が決めたとは言え、黙って見ておくのは絶対に間違っているはず。

「紗季、やっぱりそれはちょっと酷いよ。紗季の力でなんとか出来ないの?」

「正直無理」

即答だった。
だから私は不安になった。

「なんで!」

「こっちゃん、私のこと嫌いだから。私が説得しても無理。聞いてくれないよ」

その力のない言葉を聞いて、小緑の闇の底を知った。