十月。衣替えと共に樹々の表情がいつもより明るく見えた。
『家族に入れてもらって、弟や妹が出来た』とか『最近毎日が楽しい』と言っていた。

まるで別人のように樹々は生まれ変わり、いつも以上に私に絡んでくる。
ちょっぴりうっとしいと思う私もいるけど、『それが松川樹々(マツカワ キキ)と言う私の親友なんだ』と思うと納得がいく。

一方の私、桑原茜(クワハラ アカネ)は毎日進路指導部の先生に怒られてばっかだ。
進学にしても勉強をしなさ過ぎるし、就職にしても、一度も夏休みの面接練習に参加しなかった事で先生から呆れられている。

困ったものだ。

でも不思議と、兄も父もあまり将来のことはうるさく言わない。

父は暫く日本にいるらしく、晩ご飯になったら必ずと言ってもいいほど顔を合わす。

だから普通、『進路はどうなった?』とか何か言ってくるハズなのに、何にも聞いてこない。
まるで私がダメ人間で、就職すら諦められているように。

『もう茜に働いてもらうことは期待していないから、朱羽と俺が稼いだ金で一生食ってればいいんだよ』って凄く遠回しに言われている気がする。
だとしたら私、本当のクズ野郎だ。

そんな絶望に染まるある日の土曜日。

今日も学校で面接練習があるというのに、参加したくない私は昼まで寝過ごしていた。
夜中まで愛藍からもらった宮崎紅の曲を覚えるまで聞いていたのだ。
兄や父に『宮崎紅(ミヤザキ コウ)って知っている?』って聞いたら、顔を合わせて二人は知らないと答えた。

ちなみに宮崎紅は私が生まれる前から活躍していたピアニスト。
だからこそ兄や父に聞いたら知っているかと思ったが期待外れだった。

多分ピアニストとか音楽関係の仕事をしている人間しか、宮崎紅の存在を知らないのだろう。
人前で弾くのは嫌いと言っていたし。

そして今日もその宮崎紅の曲を聞き返す。
初めて聞く曲ばかりなんだけど、どこか懐かしい曲もいくつかあった。

何て言うか、私の大好きなイタリア出身の作曲家『K・K』に似ている気がする』って私は思った。

でもそんな私の優雅な時間を邪魔するかのように、携帯電話が鳴る。
知らない番号から着信が入った。

私は知らない電話番号は出ない。
理由としては怖いのが一番だが、めんどくさいというのもある。

だけど鳴り止まない携帯電話に、私は苛立ちを覚えた。
一度切れたかと思えば再び携帯電話が鳴り出す。

その不審な電話に『何故か逃げられない』と感じた私は、恐る恐る携帯電話を手に取って耳に当てる。

「もしもし」

「やっほー。僕だよ」

その低い女の子の声に聞き覚えがあったし、しっかり覚えている。
この前の夏祭りに出会ったふしだらな女の子だ。

名前は山村小緑(ヤマムラ コノリ)。
『生意気なチビ』ってのだけは覚えている。