何が倒れるような大きな音が聞こえた。
地面に叩きつけられるような、大きな音。

そして理解したくなかった。
背中を追っていたはずの、目の前のお母さんが倒れているってことに。

・・・・・。

・・・・・・・・・。

「・・・・・えっ?」

その時、あたしの中でまたあの頃のような、引き千切られるような黒い何が、あたしの心の中を掻き乱していた。

もう完全に消えたと、浄化したと思っていたのに。

「杏子さん!お母さん!」

無意識に叫ぶと同時に、あたしは意識を失って倒れる杏子さんの元へ駆け寄った。

その杏子さんの表情はよくわからない。
うつ向いて、地面に隠れる顔はわからなかった。

でも一大事だと言うことは理解した。
でも焦りが出てきてあたしの思考が真っ白になる。

こんなとき、どうすればいいのだろうか。

誰か呼ぶのが先か、救急車を呼ぶのが先か。
それとも東雲さんに知らせる方が先なのか。

もう混乱して、『お母さん』と呼ぶことしか出来なかった。

やがてあたしの声を聞いて、周りを歩く人達はざわつき始めた。
その中で一人、知らない男の人が駆けつけてくれた。

「お母さんが!お母さんが!」

取り乱すあたしは駆けつけてくれた中年の男性に無意識に語りかけていた。

「落ち着いて、それより早く救急車を呼ばないと。取り返しのつかないことになるかもしれない」

その言葉を聞いたあたしは、その後の出来事を覚えていなかった。

・・・・・・・・。

いや、その後の出来事だけじゃない。
あまりのショックで、今日一日の楽しかった一日すら覚えていなかった。

まるで最初からなかったかのように。
全て今日の出来事はあたしの妄想のように。

全てが崩れ落ちた。