「あらもう何?今度は急に笑い出して。ホント、変な子ね」

呆れた顔であたしを見つめる杏子さんに、あたしは答えた。

「今からあたしの人生、始めてもいいですよね?」

そんな恥ずかしいことを言ったら、杏子さんはまた大声で笑いだした。
勇気を出して言った言葉だというのに、本当に性悪女だと改めて思う。

「あはは!でもそうね。と言うか、その言葉は『養子に入る』って意味でいいのかな?」

「えっと、それは、その・・・・」

それはどうかわからない。
正直言って、もう悩む必要はないんだと思うと同時に、申し訳なさがまだ残っている。

「何よもう。素直じゃないわね。そういう所、瑞季に似てるわね。桔梗ちゃんにはまたあたしから話するから」

杏子さんはポケットからハンカチを取りだし、あたしの涙を拭いてくれる。
そして言葉を続ける。

「来週からかな、一緒に暮らすのは。それまで部屋も用意しておくから。それまでは悪いんだけど、今の家で暮らしてくれる?ああ、あとこれからは何も言わずに晩ご飯は来なさいよ。連絡なしに来なかった場合のみ、百通くらいの怒りのメッセージを送るから」

まるで買ったばかりのゲームの説明書のような言葉にあたしは小さく頷いた。
殆ど聞いていなかったけど、杏子さんの嬉しそうな顔だけで、何だかお腹いっぱいだった。

「って聞いてる?」

「はい!何となく」
あたしがそう言ったら杏子さんが笑った。
だからあたしも笑った。

何だかとても面白かった。

『何が面白いの?』って聞かれても、『何となく』としか言い返せないほど、言葉には出来ないほどただただ面白かった。
「戻ろっか。あの子らももう一周したと思うし」

「はい」

あたしは立ち上がりアイスコーヒーの容器を手にするも、全然飲んでいなかったことに気が付いた。
だから慌てて飲み干すと、先を行く杏子さんの後を追った。

家族が出来た。
そう思うだけで嬉しかった。

昔、家族三人で囲んだ晩ご飯。
あたしはその時間があったから、あの頃を頑張った。

突然それは跡形もなく終わってしまったけど、『またその日が来る』って思ったらあたしは心の底から喜んだ。

それも今度は弟と妹も交えて。さらに元料理人のお父さんが作る美味しい晩ご飯に、心が踊った。
同時に『幸せって、誰かがいないと生まれないんだ』って生まれて初めて気が付いた。

お母さんの背中を追いながらあたしは小走りで走る。

そういえばお腹が空いた。
今日の晩ご飯はみんなで何を食べるのだろうか。

十分後、一時間後、明日、明後日の出来事を考えるだけで楽しくなるくらい、生きることが楽しみに変わっていく。

・・・・・・・・・。

でもその直後のことだった。

それは何の前触れなく突然起きた。