「正解は瑞季よ。あの子には私と東雲さんの血が流れていないの」

その言葉をあたしは理解したのか理解できないのかはわからない。

ただ『なんでこんな話をあたしなんかにしてくるんだろう』と、引き続きそんなことを考えていた。
それだけはどうしても理解できない。

そんなあたしの思考を無視して、杏子さんは続ける。

「話す方も辛いから、簡単に言うわね。親に捨てられたの。可愛そうに、まだ親の顔もわからない赤ん坊の時よ。捨てられた子猫のように公園の段ボールの中に捨てられていたの。それを私が拾ってきた。ちょうどその時、私のお腹に赤ちゃんがいたんだけど流産しちゃったから『この子でいっか』って軽い気持ちで。若槻瑞季と名前を付けて、私と東雲さんで育てることにしたの」

その悲惨過ぎる瑞季の背景に、思わず逃げ出したくなりそうだった。

だってあたし、さっきこんなことを考えていたし。

『瑞季が羨ましい』って。
『両親に囲まれ可愛い妹もいて、おまけにこんなに楽しい場所に連れてってもらえる』って。

その正体は血の繋がっていない偽りの家族?
もうわけがわからない。

でもそんな中でも、あたしは冷静に瑞季の事を少し考えてみた。

『若槻瑞季』と言う男の子について思い出してみた。
今日の昼御飯もそうだった。
一足先に食べ終わって、瑞季は一人で重たい本を読んでいた。

まるで瑞季だけ違う輪の中に居るようだった。

いつもの晩ご飯もそうだ。
みんなが楽しく会話するのに、彼だけはいつもテレビを見ている。

あまり自分から輪に入ろうとしないし。

そして彼の可愛らしい表情。
よく考えてみたらその表情は東雲さんにも杏子さんにも当てはまらない。

『妹の向日葵にも似ていない表情は、誰とも血の繋がっていないと言う小さな証拠』にもなるのではないだろうか。
そう考えたら少しだけど杏子さんの言葉に納得出来る。

「瑞季は、知っているのですか?」

「知るわけないじゃん。本当の両親の顔なんて覚える暇もなく捨てられたのよ。私と東雲さんが言わない限りは瑞季も知らない。美憂だって知らないんじゃないかな?当然『一人娘』の向日葵もね」

あたしの質問に何の躊躇いもなく、杏子さんは即答だった。

そしていつもの笑顔をあたしに見せた。

「でも安心してね。ちゃんと籍も入れているし、『家族』であることは間違いない。これからはそれは変わるつもりはない。瑞季には私と東雲さんはこれからも嘘を貫き通すわよ」

その自信気な言葉に、あたしはゾッとした。
そして改めて理解した。

親の居ない恐怖をあたしはよく知っている。
あたしの人生そのもの。

だからあたしと同じ思いをしないように、この家族は血の繋がっていない息子に嘘を付き続ける。

瑞季を守るためだけに、瑞季に嘘を付く。

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