「そんなことしたら僕が!」

怒りと恐怖をごちゃ混ぜにした瑞季の表情。
もちろんあたしは今まで見たことがなかった。

同時に一瞬で空気が重くなった。

瑞季の踏み止まったその荒々しい言葉の先。
一体何を言おうとしたのか、瑞季以外は誰も知らない。

「瑞季?」

心配する杏子さんの声を無視ように瑞季は立ち上がって一言。

「トイレ行ってきます」

男の子にしては小さな背中は何処かで見たことがあった。
それはあたしが小学生の時によく見ていた背中。

だけど余計な記憶が邪魔をして、何だったのかあたしは思い出せない。

そんな息子を心配して、杏子さんは東雲さんにお願いする。

「ごめんなさい、東雲さん。ちょっと見てきてくれるかしら。心配だわ」

「わかりました」

杏子さん同様に心配する表情を浮かべる東雲さんは立ち上り、小走りで瑞季が向かったと思われるトイレに向かう。

残されたあたし達はいつの間にか暗い空気に包まれていた。
まるでお通夜のような、最悪の空気。

そんな中、シロさんは囁く。

「まさか瑞季くん、もう告白してフラれたとか」

「だといいんだけどね」

杏子さんの言葉にあたしもそうだと思いたい。
『ただの失恋の話』だとあたしは思いたい。

でもあたしの心の中で何か嫌な予感が漂っていた。
例えば瑞季のクラスで不気味な黒い雲が教室を包んでいるような。

まるであたしの小学生時代のような・・・・・。

心の中の嫌な予感がどうしても消えなかった。

暫くしてから瑞季と東雲さんは戻ってきた。

お父さんに背中を擦られ、目の下が赤くなっていた瑞季の表情は何より印象に残った。

シロさんが言った通り、失恋のショックだとまだ慰めてあげられるんだけど・・・・・。

向日葵は怯えた表情でお母さんの杏子さんの隣から離れようとしなかった。
変わり果てたお兄ちゃんの姿を見て恐かったのだろうか。

いつも温厚なお兄ちゃんだけに。

楽しい雰囲気から一転、最悪の空気は吹き飛ぶことはなかった。
シロさんや杏子さんは明るい話題を作るけど・・・・。 

・・・・・・・。

今日のお昼ご飯は、最悪な雰囲気だったとあたしは振り返る。