「おはよう、樹々ちゃん。ちゃんと眠れた?」

「おはようごさいます。『朝早い』って分かってたので、早めに寝ました」

「そう。よかったわ」

まるで我が娘を大切にするお母さんのように優しく微笑む杏子さん。
ホント、杏子さんはあたしをどうしたいのだろう。

一方で、シロさんは杏子さんに冷たい視線を送る。

「ってか姉さん。私、店の営業あるのだけど」

杏子さんはまた笑う。
今度は悪魔のよう嘲笑う。

「あはは!そうだったの?まあいいじゃないの。どうせ予約もないし、売上も無いんだし」

「そんなことはない!ちゃんと予約は入ってたわよ」

「でも昨日の夜にドタキャンでしょ?それも貸し切り宴会の五十名の予約。残念だったわね。その予約の席を作っていた最中に、キャンセルの電話が来たもんね。食材腐らない?今日は日曜日だから業者は休みだし、昨日のうちに食材仕入れちゃったもんね。大丈夫?大人数だからって、もう仕込んじゃったんじゃないの?」

「うっさいわね!私がそのあと一人で泣いていたことも知らないくせに」

「だから誘ったのよ。『可愛い妹が落ち込んでいるだろうな』って。『心折れたんじゃないかな?』って。お姉ちゃんの優しさをフル回転させてね」

二人の会話を聞いたあたしだが、イマイチ何の話か分からない。

そんな二人はまだ喧嘩を続ける。

「いいもん。私、運転しないから。今日はたくさん飲んでやる!」

「知ってる。運転は旦那に任せておけば良いのよ。あの人、お酒は飲まないし。いや、『もう二度と飲まない』って約束したし・・・・」

「・・・・だと助かるかも」

その時、今日の運転手さんと、小さな女の子がやって来た。

「お待たせしました。樹々さん。おはようごさいます」

チャームボイントでもある優しい表情を浮かべるのは、この家の大黒柱である若槻東雲(ワカツキ シノノメ)さん。
いつも優しいお父さんだ。

そしてその東雲さんの横には、いつもと違う髪型と服装の姿の女の子。

「樹々ちゃんおはよう!」
東雲さんと杏子さんの娘である向日葵(ヒマワリ)は、お父さん同様に笑みを見せていた。
少し染めたような長い茶髪は可愛らしくウェーブがかかっている。

まるでどこかのお嬢様のようだ。
黄色のワンピースを身にまとった向日葵は、スッゴく可愛い妹みたい。

その二人にあたしも笑顔を見せて挨拶。

ちょっとだけ頭も下げる。

「おはようごさいます」

こうして全員が揃ったため、あたし達は車内に乗り込んだ。