ルビコン

「ねっねぇ、樹々。今から城崎さんのカフェに行かない?」

それが今日初めて聞いた茜の声だった。
誰かに脅迫されているような脅えた表情。

まあ実際に脅迫されているんだけどね。
かわいそうに。

「えー、どうしようかな?あたし、お腹痛いし」

今日の出来事に恨みを持つように、あたしはそう答えた。
別に怒ってはないけど、ただ茜のその表情が可愛かったからもっとからかいたいと思った。

その可愛い茜は必死の表情を見せる。

「えっ、お願い!ケーキ奢るから!」

「いや、あたしお腹痛いって言っているし」

茜の言葉に思わず笑ってしまいそうだったけど、それは何とか堪えた。
橙磨さんも紗季も表情はいつも通りだけど、どこか笑っているようにも見えた。

茜は続ける。

「で、でも!それじゃあ私」

「どうかしたの?」

「えっと、その。あの」

何度も泳がせる茜を見て、あたし達は限界だった。

もう笑いに堪えるのは難しそうだった。

「松川さん。流石に可哀想だよ」

「だよね」

少し笑った橙磨さんの声に、あたし達の堪えていた笑いが溢れだした。
紗季や橙磨さんは、目の前の茜を見て笑う。

一方の茜は『意味わかんない』と言うように首を傾げている。
現状を理解してないからか、怒っている様子はない。

本当は紗季から茜の心境をこっそり聞いていた。
茜が『あたしの事を嫌っているわけではない』と聞いて、あたしは安心していた。

きっと不器用な茜らしく、どう接していいのか分からなかったんだろう。
自分の中で、『松川樹々と言う友達の接し方』をひたすら考えていたんだろう。

そしてずっと考えているから、あたしとの会話を保留していたのだろう。

何だか茜らしい。

そんな茜にあたしはネタばらし。

どうして自分がみんなに笑われているのか。
なんで自分が今泣きそうな表情を見せているのか。

あたしは答える。