ルビコン

今日の晩ご飯は鯖の塩焼きと夏野菜の味噌汁だった。
今までお粥しか食べれなかったが、これなら食べれそうだ。

作ってくれたのはお父さんの東雲さん。
元調理師だったらしく、県外で修業した東雲さんの作る料理はどれも美味しかった。

今は飲食業から離れてサラリーマンをやっているらしい。

ちなみに杏子さんの職業は知らない。
聞いても教えてくれない。

でもきっと広いマンションに住んでいるのだから、凄い収入の仕事をしているのだろう。
東雲さんのサラリーマンも具体的に何をしているのか分からないし。

賑やかな食卓だった。
様々な話題で食卓の会話が途切れることはない。

向日葵はクラスの人気者らしく、毎日友達と遊ぶ予定でいっぱいらしい。

最近は野球を始めて、よく試合で打っていると聞いた。
男の子相手にも負けてないらしい。

一方の瑞季は妹とは対照的で、大人しい性格。
あたし同様に友達もあまり多くないようだ。

難しそうな小説を読むのと、東雲さんの影響で料理を作るのが好きのようだ。

そんな子供たちの話を聞いていると、突然あたしにも話題を振られた。

「樹々ちゃんの友達ってどんな人?」

向日葵の質問に、ふと茜の顔が浮かんだ。

「うーん、何だか全然子供ぽくないって言うか、大人っぽいって言うか。でもやっぱり子供って言うか」

その曖昧な言葉に、杏子さんは笑った。

「なにそれ?変わった子ね。でもそれ茜ちゃんでしょ?」

あたしは小さく頷いた。

そういえば杏子さんは『茜と会った』って言っていた。
二人で何を話したのだろうか。

向日葵はあたしに問い掛ける。

「誰?茜ちゃんって」

「あたしの大切な友達だよ。ピアノがスッゴく上手なんだ」

「ピアノ?私も弾きたい!」

何故だか向日葵は目を輝かせる。
ピアノに憧れでもあるのだろうか。

でもそんな向日葵の表情を見た東雲さんは、苦笑いを浮かべていた。

「向日葵さん、この前『もう新しい習い事はしない』って自分で言いましたよね?」

向日葵は無邪気な笑顔を東雲さんに見せた。

一方の東雲さんはため息を一つ吐く。
『言うことの聞かない娘ですね』とでも言うように。

向日葵はワガママな性格でどんな習い事にも噛み付く。

ちなみにこの前は習字とダンス。
結局『飽きた』と言って、たった二日で辞めてしまった。

そして『誰に似たんだろう』と、夫婦揃って肩を落とす光景をあたしは何度も見てきた。

でも不思議と野球だけは辞めなかった。
男子と混ざりながら向日葵は野球のチームに所属している。

たまに練習風景をみると、彼女はいつも楽しそうに白球を追いかけている。