あたしの家から歩いてすぐの所に、杏子さんが住むマンションがある。

かなり大きなマンションで広い部屋の入り口の扉を開けると、小さな女の子が笑顔で出迎えてくれた。
いつも元気な杏子さんの娘だ。

「お母さんお帰りなさい!やった!樹々ちゃんも一緒だ!」

女の子はあたしに向かって飛び付いてくる。

でも朝から何も食べていないあたしは受け止められずに、大きな音と共に転倒。
ドアで頭を激しくぶつけた。

ってか痛いよ・・・・・。

「こら、向日葵!樹々ちゃんは風邪引いているのよ。そんなことしちゃダメでしょ?」

長い髪を二つに束ねた彼女の名前は向日葵。

真夏の太陽の光を沢山浴びた、向日葵の花のように元気な小学五年生の女の子だ。
お母さんに怒られても全然気にしない強いメンタルの持ち主。

その向日葵は、あたしの上に乗って何か喋っている。

だけど理不尽なタックルを受けて頭が痛いため、何を言っているのか理解できなかった。
申し訳ないけど、今の向日葵はうるさいだけ・・・・。

それともう一人、あたしを受け入れてくれる女の子・・・・いや、男の子がいる。

「あっ、お帰りなさい。樹々さん」

少女のような可愛い笑顔を見せる彼は瑞季。
髪は短いのたが、可愛らしいその顔付きはよく女の子と間違えられる。

性格も優しく、本当の女の子のような、男の子だ。

そんな瑞季に私の代わりに、杏子さんが助けを求める。

「ちょっと瑞季。向日葵を何とかしてよ。私、トイレに行きたいから」

「はい。わかりました」

お母さんである杏子さんの言葉に、瑞季は小さく頷いた。
まるで漫画に出てくる礼儀正しいメイドさんみたい。

どうして瑞季が母親に対して敬語なのか。
それにはちゃんとした理由がある。

「いらっしゃい樹々さん。ご飯出来ているので、手を洗って来てくれますか?」

その優しい声の持ち主はこの家庭の大黒柱であり、瑞季と向日葵の父親である若槻東雲(ワカツキ シノノメ)さん。

誰に対しても敬語を使う姿勢から、瑞季も影響を受けたのだろう。
『お父さんに憧れている』って聞いたことあるし。

「は、はい。ありがとうございます」

あたしはその言葉と同時に起き上がろうとするも、向日葵が重くて中々立ち上がれない。
病み上がりなのと、最近まともに食事を取っていないため力がうまく入らない。

一方の向日葵は相変わらす何かを言っている。
まるで遠い国の言葉のようにしか聞こえないようなマシンガントークに、あたしは困惑する。

ごめんだけど、早く退いてくれないかな・・・・。