ルビコン

一方の兄は何故か申し訳なさそうな表情を見せると小さく笑った。
妹を励まそうと、優しい表情を見せてくれる。

「昼のお詫び。悪いとは思ってなかったら、手作りで作らねぇよ」

手作り?

・・・・・え?

買ったんじゃないの?

「これ、お兄ちゃんが作ったの?」

そう言った私は兄との喧嘩の原因を思い出す。

そういえばお兄ちゃん、私のシュークリームを勝手に食べたんだった。
愛藍と会って、完全にシュークリームの事を忘れていた。

そして私の手には片手で持てない直径十五センチほどの大きなシュークリーム。
どうやらこれ、お兄ちゃんが作ったらしい。

・・・・・・って、はい?

一方の兄は優しく微笑む。

「おう、そうだぜ!俺が作った。まっ、こんなので許してくるとは思わないけどな。茜に初めて怒られたし」

兄の言う通り、私は兄に怒ったことなんてなかった。

と言うより怒り方なんて知らなかった。
尊敬する兄の言葉を私は全て『イエス』で返していたし、怒る理由もない。

そう思ったら私、もしかして人生で初めて人に怒ったのかも。
初めて怒ったからか、怒ったことすら忘れていた。

愛藍や葵とはじゃれあう仲でよく怒ったりはしたけど、『怒り』で怒ったことはない。

まあ、さっきは愛藍と言い合って怒ったけど。

ああでも、音楽祭で愛藍に怒ったっけ・・・・。
『二度と私の前に現れないで』って言ってしまったんだったけ・・・・。

そんなことをふと思い出しながら、私は言葉を返す。
「別にそんなことしてくれなくてよかったのに・・・・」

私は首を横に振って私の言葉を否定する。

「そんなこと言うなって。約束しただろ?お兄ちゃんが変わりに作るって」

「やくそく?」

『そんな約束したかな?』と思い出していたが、何故だか今日の愛藍との出来事が真っ先に脳裏に写し出される。

愛藍が言ってた。
『三人の約束』を守るために、あの事件の後も私との接触を続けた。

そして私をいじめた。
『そのまま茜と葵を放っておけば、疎遠になる』って。

『二度と元の関係になることはない』と分かっていたからこそ私を攻撃した。
お互い最悪の関係になってもいいから、とにかく彼らは私から離れなかった。

そして私を助けるために、『約束』を守るために、彼らはわざと悪役を演じた。

全ては楽しかったあの日々に戻れるように。
三人でまた仲良く遊べるように。

その約束さえしなかったら私は今、どんな生き方をしているんだろうか。
もう葵と愛藍とは完全に疎遠になっていたのだろうか。

そんなことを考えていたら悲しくて泣いていた。
思い出せば思い出す程、まるで蛇口から水が勢いよく出るように涙が止まらない。

兄や父の前なのに、最悪だ。
情けない。

また心配されちゃう。