「ねぇ、この人知ってる？」

直後、兄と父の表情が真剣になった。
楽しい食卓から一転、張り詰めた雰囲気に。

まるでお通夜のような雰囲気に・・・・。

宮崎紅。
当時は知らない人はいないと言われた伝説のピアニスト。

そして今は生きているのか死んでいるのかわからない音楽業界の偉人。
まあ、法律上では死んだらしいけど。

「さあ知らねぇな。朱羽、お前は知っているか？」

「知らねぇな。そもそも俺はピアノなんて好きじゃないし」

曖昧な二人の声に私は肩を落とした。

まあでもコンサートもコンクールにも出たことのない人だ。
偉人だが知っている人の方が少ないかもしれない。

「そうなんだ。だったらいい」

そう言って私はそのCDを鞄の中に戻す。
そして再び食卓に戻るとため息を一つ吐いた。

勢いだけでどうにかなると思ったが、結果空振り。

もう黙ろう。

そうやって少し落ち込みながらまた箸を握ろうとする私に、父はとある事故について教えてくれた。

耳を疑うような、昔の大きな事故。

「あーでも確かかなり昔の出来事だけど、『宮崎紅っていうピアニストが乗っていたイタリア行きの飛行機が墜落した』って聞いたことあるな」

「へっ？」

昔？
イタリア？

飛行機？
墜落？

様々な単語が頭の中で暴れて、父の言葉を理解できなかった。

混乱する私を置いて父は続ける。

「今は生きてるかは知らないけど、そもそも本当にその人が乗っていたすら怪しい。まあ乗客は全員亡くなったけど。結構デカイニュースだったな。あの頃は毎日そのニュースでいっぱいだった」

乗客全員亡くなった？
ってどう言うこと？

「えっと・・・・・じゃあ、宮崎紅はその事件で死んだってこと？」

私がが辿り着いた答えに父は首を傾げた。
私、間違ったこと言ったのだろうか。

「というかその人、本当に存在するのか？漫画とかアニメのキャラクターじゃねえだろうな？」

「は？」

真剣な表情を浮かべていた父の表情が緩んだ。
まるで『娘の妄想話に付き合っている』ような呆れた表情。

・・・・・・・。

ってふざけんな！