ルビコン

そして父と一緒にリビングに入ると、兄は既に缶ビールを空けて退屈そうに携帯電話を眺めていた。
料理にも手をつけている。

そんな息子の姿に、父は呆れた表情を見せる。

「あっ、テメェ。最年長のお父様より先に飲むとかありえんぞ!」

「固いことはいいだろ?俺部長になったんだから。飲み会にいつも上司はいないんだよ」

「ほう。お前も口だけではなく、立派になったもんだな」

父は大量の荷物をソファーに置くと食卓の席に座った。

私も続いて座ろうとするけど、兄にお願い事をされる。
「茜。冷蔵庫にクソジジイの冷酒が入っているから持ってきて」

「うん」

兄の言葉に私は急いで冷蔵庫に向かおうとする。
でも父に止められた。

「茜大丈夫だ。俺が取ってくる。ありがとな」

そう言って父は再び立ち上がると冷蔵庫に向う。
その大きな背中を見送った私は自分の席に座った。

ってかお兄ちゃん。『クソジジイ』は良くないよ・・・・・。

「朱羽、お前のビール貰ってもいいか?」

「いいけど一本三千円な」

「可愛くねぇな」

「汗水流して働いて買ったビールなんだよ。それくらい当然だろ?」

誇らしげに言う兄だが、その言葉は私の心に突き刺さる。
ピアノ教室代に楽譜代。全ては兄のお金で私は今を生きている。

なんだか申し訳ない・・・・。

アルバイトはさせてもらえない。
極度の人見知りや中学時代の人間不信から、父にアルバイトは禁止されていた。

『就職したい』と言っているが、実は私まだ一度も働いたことなんてない。

そう思うとプロとしてピアノを弾く愛藍に、焼鳥屋でアルバイトをする橙磨さん。
『みんな自分でお金を稼いで生きているだな』って思うと、何だか私の存在って恥ずかしいと思った。

ってか私、こんなのでいいのだろうか?
今から頑張って受験勉強でもしてみようか・・・・。

父が戻るのを確認した私は、父の『いただきます』の声と共に鬼が作ってくれた料理に手をつけた。
どれも美味しそう。